スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

テキサス~ニューメキシコ夜走り

センターラインだけが友達
繧「繝。繝ェ繧ォ蜍慕判+061_convert_20160509145206

夜バイクで走るのが好きだ。

街灯がひとつもない真っ暗闇のアメリカ西部のハイウェー。
この日も僕は夜走っていた。

地平線までつづいている一直線の道なのだろう、
闇で視界は20m

テキサス ~ ニューメキシコ

とにかく冷え込む。
ハーレーに取り付けられた温度計はマイナス3℃。
ヘッドライトにうかびあがる真下のセンターラインだけを頼みに走っていると、時々動物と思われる血のあとが道路に付着。砂漠地帯にどんな動物がいるのか。ライトにむかって動物がでてこないか慎重に目を凝らす。カンガルーはいないと思うがアメリカの鹿は巨大だ。

寒くてたまらずガソリンスタンドに立ち寄った。真っ赤な手で支払いをすませると、店員の若い女性が大丈夫かと声を掛けてきてくれた。生物活動停止時間、なにげない優しさが身にしみる。またバイクで暗闇に走り始めた。

夜走れる国は限られている。
アメリカ、日本、ヨーロッパ、南米チリ。これらの国は道が整備されている。他の国は道路に大きな穴が空いている可能性があり夜は簡単な気持ちで走れない。シベリアなどマンホール級の穴が500mにひとつ空いている地域は夜危険。サハラやアタカマも道路に砂が浮いている。コロンビアやエクアドルは崖にガードレールがない。ゲリラもいる。中米は夜こわすぎる。

さて、中西部の朝方、小さなパーキングの木陰でテントを張った。
トラックのアイドリング音が気になって眠れない。また走り続けようと思ったが、体が動かなかった。また明日から走り出すぞ。気合を入れてストレッチしたら、テントのフライ越しに朝日の気配を感じた。

2時間眠って出発した。

スポンサーサイト

番外編 世界一周をおえて

ハーレーダビッドソン世界一周ブログを完結したいところですが、もう少し先延ばしさせてください。

アメリカ以北では、これといった超たのしい出来事がなく、いやあるのだけど、なく、いずれ本にしたい考えもあり、とりあえずカナダなどの話は気が向いたら更新します。

途上国の路上で靴磨きや芸をしたり、拳銃や麻薬を売って生活している子供たちをみて、
世界の不平等さを痛感しました。

帰国後に発災した東日本の街並と、国家による被災者への対応をみて、政治家になることを決意しました。

この、どうにかなってしまった日本を地方から変えることに命をかけたいと思います。

世界をみてきた若者よ、
被災地を不甲斐ない思いで見つめる若者よ、
2歩、さきに歩こうぜ。
国を変えるしか、俺たちに生き延びる術はない。

ご先祖さんや子孫たちのため

青山まさとら


北米

メキシコからアメリカに入り、テキサス、ニューメキシコ、ユタ、カリフォルニア

荳ュ邀ウ隲ク蝗ス+(142)_convert_20120805231020

10年前、バイクでアメリカ一周をしたとき、テキサス在住のメキシコ人の友達ができた。
彼の職場であるバイク屋を訪ねると彼は退職していた。理由は教えてくれなかったが、だいたいテキサス在住のメキシコ人がアメリカ北部のニューハンプシャーなどに引っ越すわけがないのである。残念ながら彼にはしばらく会えないのだ。


10月下旬のテキサスの夜は、とても冷える。やばいぐらい冷える。零下5℃ぐらいになる。夜は乾燥も重なってせきが止まらない。

国境付近のキャンプ場は一泊3000円の高価だった。
日本のスーパーみたいなところで買い物をして草むらに入っていく。ガソリンを入れようと思ったがオクタン価がやけに低いので給油を明朝にした。さきに明朝のことを書くと、ガソリンはどこへ行ってもオクタン価が低い。アメリカはランクの低いガソリンを売っている国のひとつだということに、このとき初めて気づいた。


日本 レギュラー 95 オクタン
   ハイオク  100 オクタン

アメリカ     
   レギュラ  90~92 オクタン
   ハイオク  95 オクタン

ちなみにロシアのシベリアでは78オクタンというガソリンを売っていた。それを入れたバイクの若者は、ノッキングしながら走っていった。オクタンの低いガソリンを入れると、エンジンに障るのである。

とくに、もともとオイルを喰う私のバイク、アメリカに入ってなんと400kmに1リットルのエンジンオイルを給油しなければならない事態にまでなった。こうなったら白煙は止まらないのである。エンジンの調子事態は悪くない。


さてキャンプである。

草むらに入っていくと、茂ったサボテンが所狭しと生えていた。
避けたつもりだったが足に相当のトゲが刺さった。
皮のチャップスを通してしまうほど強力なサボテンのトゲ。流血。

荳ュ邀ウ隲ク蝗ス+(135)_convert_20120805231057
サボテンのトゲ抜き


テキサス州で適当な草むらでキャンプをするときサボテンには気をつけたほうがいいでしょう。
ガラガラへびもいる。あとレジャー的な感じで銃声が途切れず一時間ほど聞こえた。すぐそばだ。44口径の大型拳銃の音だと思われる。殺気立った感じではないにしろ、こっちへ飛んできやしないかハラハラした。
それでもアメリカほど安全な国はないのである。
ロシアコロンビア中米のあとには、もう安全しかないのである。

とはいえ、10年前、テキサスを走った時、おじさんに声をかけられたことが脳裏をよぎる。

「家に泊まりなさい」

家についていったら、家が全部ピンクだった。

完全にホモであることがわかったのでザケンなと怒って走り出した、そしたらおじさん着いてきたのでバイクを止めて説教してやったことがある。そんなことがあったので用心です。


荳ュ邀ウ隲ク蝗ス+(129)_convert_20120805230920


ゆだんたいてき。






アメリカ超南部

100.comida de mexicanos

国境の道沿いでタコス屋
メキシコでタコス屋を見つけるのは至難の業w普通の食堂。裏で鶏をしめているwやっぱり鶏肉。
アメリカ国のタコス屋やメキシコ風ハンバーガーを発見しやすいかもしれない。よくわからない。
肝心なメキシコ人はタコスが家庭料理なのだろうか店がない。
列に並んでいるメキシコのタコス屋。
オバチャン店主が注文を受けてから生地を焼く。タコス完成まで注文からおよそ10分。いろんな種類の中身があって食べ応えがある。なかでも肉とあずきの煮物をはさんだタコスは最高だった。
かあさんのは優しい味。甘くてやわらかくて8個食べてしまった。一個200円。この旅のタコス三昧は、物価が高くなっていることに気づくきっかけだった。どれも並ぶ品は同じ。

生活が密着しているものは安価で、生活とかけ離れた品は高価。ニカラグアまで陸続きだった安価な世界はメキシコで生活を離れアメリカで昇華していく。そしたら日本も。地元民とブーツについて話し込んだ。かっこよくて味のあるものは無名がおおい。

アメリカに入国した。
バイク出国の手続きを済ませる前に、アメリカに入国してしまった。これが大きな問題になった。
パスポートコントロールとバイク税関所がちがうところにある。
案の定、入国をすませていざ走り出そう最終チェックをすると、アメリカ税関職員から「バイクの手続き、やってないじゃん!と言われてしまった。
繧「繝。繝ェ繧ォ・・(21)_convert_20120510154321

かくして歩いてメキシコ国境を歩いて逆戻り。国境は鉄橋である。
出身地の島田市大井川の鉄橋を、マラソン大会の練習で幾度となく走り越えたことがある。マラソンシーズンは冬だからいくら走っても平気だったけど、この日のメキシコは炎天下。35度ぐらいで皮製のものを羽織りライダー向け風を通さないズボン。ああつい

同じ橋を徒歩で渡る大勢のメキシコ人。さっきはクルマの大渋滞。こんどはヒトの大渋滞。
それにしても徒歩で入国してどうするのだろうか。一番近い町まで10キロ以上ある。それまで草原でなにもない。
ヒトの心配をよそに、バイクの出国手続きを終えて徒歩でふたたびアメリカへ。

徒歩での入国手続き所でふたたび長蛇の列。


人間の入国はすませてあるの私は、ヒトの大渋滞の列を無視して先頭まで歩いていく。
たったこれだけのことなのに国境では緊張する。意外とみんなやさしいまなざしで私の言動をみている。

アメリカ人の管理官に「なぜお前は列を守らず前にきたんだ」と危険人物扱いしてピストルに手をかけるしぐさをする。
英語がまったくわからない。雰囲気でスペイン語ではなしてみたが・スペイン語が通じない。
スペイン語圏の入国管理官がスペイン語が通じない。
これはわざとそうしているのか。
その管理官は英語のみをスピークイングリッシュしていた。



入国管理官に根掘り葉掘り質問攻めにあった。
車両で入国すると指紋提出が義務化されていたが、徒歩での入国は必要ないらしい。
もしかしたらメキシコ人とアメリカ人以外の人種の指紋採取だけしているのかもしれない。
ここは2万キロつづいた新興国とよばれる国々との境である。

入国させてもらった。私の英語はあまり通用しない。
町に出ても同じく言葉がイマイチ通じない。
アメリカ英語がほぼ理解不能になっている。もともとだけど。
速いし単語がつながっている。youmustbeisugoteiasoitekoという感じ
ヨーロッパ英語は理解できていたのです。
ずいぶんスペイン語に慣れてしまったならいいのだが、スペイン語もよくわかっていない。

アルゼンチンからの行程はスペイン語が多少できるぐらいで平気で、あとはノリだった。
英語の国はそうはいかない。


アメリカはバイクの強制保険が厳しかった。
日本で言えば車検の代わりみたいなものだ。加入していないことで多額の罰金。
アメリカの警察はよっぽどでなければワイロ請求してこない。そのかわり保険に入っていないと法律違反。どの国も出費は変わらない。支払う金の名前と名目が変わるだけのこと。
この日は日曜日で、バイク保険の加入可能な保険屋はぜんぶ閉まっていた。

バイクだけは別らしい。


繧「繝。繝ェ繧ォ+(31)_convert_20120510154503

国境

desde Mexico a Ustados Unidos,Frontera 国境コントロール

荳ュ邀ウ隲ク蝗ス+(127)_convert_20120229225401
この国境に、どれだけの命をかけただろう。この国境の川に、どれだけの人が希望を胸に泳いだだろう。
この国境を希望に、どれだけの旅人が世界を走り抜けただろう。

いったい誰のためなんだ。
国境なんてなくなればいい。




プロフィール

masatorakun

Author:masatorakun
皆様、こんにちは。
大型バイクのハーレーダビッドソンで世界一周したときの日記を再現しました。
楽しんでいただけると嬉しいです。

*写真転用コピ等禁止予めご了承ください。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。