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E.U → 南米

46.Chao Claro Amsterdam

繝代Μ・槭い繝

バイクの梱包もおわると、ハーレーショップの計らいで空輸貨物業者まで運んでもらうことに。
担当してくれたのはメカニックさん。底抜けに優しいアニキだった。駅まで幾度となく車に乗せてもらったり、バイク輸送に関しても部品部門のヘンクと共に大変世話になった。

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さて、中古車両は空輸便の場合『危険物』扱いとなる。英語でいうとデンジャラスグッズといって、一度ガソリンが使用されている車両は飛行機に載せる前に検査を受けなければならない。
検査の内容はガソリンがタンク内に残っていないか、クレートボックス内で車両が暴れたりしないかなど、まず私にとってはあまり興味のない検査である。

税関近くの危険物検査所に出向く。重量測定は【520㎏】。
あれだけ苦労して所持品詳細を書面にしたのに、荷物検査は梱包の箱を一度開けるだけでおわった。
そして、空港輸送業者。彼は、値段交渉までしてくれた。
私がお茶を入れると芝生みたいと言いながらも全部飲み干してくれ、不要になった蚊取線香をありがとうといって受け取ってくれた。
普通、オランダ人は不要だったり面倒なことはハッキリNo!という頑ななタイプがほぼ国民のすべてにあたる。
ところが彼はすこし違った。私はそんな彼に甘えつつ、大事な書類関係を書き綴るときにも力を借りた。

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写真の書類は持ち物【工具】。数量や入っているものがリストと違うと後々面倒が起きると聞いていた。これはロシア入国時もそうだし、南米に渡る今回も持ち物リストを作成した。が、誰一人チェックしている税関職員がいなかった。いや、影でチェックされてたのかもしれないがアルゼンチンの保税倉庫で確認したところバイクの梱包をこじ開けたような形跡は見当たらなかった。たぶん形式的なものだろう。

同じように旅行計画書も作成しなければならない。
これも南米入国時に一応チェックされたが、世界一周など税関職員は誰も信じてくれずトラブルの原因になった。
書類は慣れないスペイン語で作成した。
このころになると書類だろうが入国検査だろうがなにも面倒と思わなくなっていた。

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空港のすぐ脇にあった輸送業者は地元オランダでも有名な会社で、その同じビルで働く近畿商運在和日本人と面会することも出来た。彼らのおかげもあり、無事に税関と料金の支払いができた。
あとは航空チケットを取って南米にむかうだけだ。

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南米までのバイク輸送&航空チケットで60万ぐらい掛かった。
格安チケットと称した乗り継ぎ専門チケットは、スキポール~パリ~サンパウロ~ブエノスアイレス。この旅初の飛行機だった。
世界一周ガソリン代100万オーバーに、ボゴタ~パナマの空輸二回&船便などの輸送費など、結局移動費に一番金が掛かるから格安乗り継ぎでも愚痴はいえない。

警察に起こされたキャンプ地をあとに、スキポール空港近くのホテルに1泊だけ滞在することにした。
料金は一泊あたりバイクで3千キロ走れる値段だ。
バイクで旅をするならガソリン代に金を使いたい。ホテルなどという余計な出費は抑えてその分オイル交換をマメにしたいと心の底から思った。
ついでにいうと私はこのホテルというのがどうも苦手だ。焚火はできないしタバコもすえないし自炊もできないし自由を探せば非常階段ぐらい。
数年前を最後にキャンプ場を利用しないのもホテル同様決まりごとの多さにあった。私はなにものにも囚われず自由の身でいたかった。

オランダの法律では屋内でシガレットつまりタバコを吸うと行政処分されてしまう。オランダのホテルはそんな事情からも特に避けていたが、翌日からの南米のためにも3週間着たままの服を洗い、三週間ぶりの風呂と、三週間ぶりの普通の飯を食ったのであった。

繝代Μ・槭い繝


ホテル滞在のあいだ、スペイン語も電子辞書で勉強した。
まったく知らない言葉なので、逆に入りやすい。中途半端に知っている言葉は固定観念が邪魔をするのか、案外頭に入ってこないものだ。
「週刊誌はありますでしょうか?」 ぜったい使わない単語を勉強した。

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いよいよ南米出発の日がやってきた。
スキポール空港のベンチでタバコを吸っていると、同じ便に乗るフランスの若者数名のグループが、私にビニール袋をくれた。中を覗くとご禁制の品がたんまり入っていた。それはオランダでしかダメなので私はその袋をそのままベンチにおいたままにしていた。すると、品の良い感じのブランドスーツを着たスーツケースを持つ白髪まじりの男性が、ベンチに近づいてきたかと思うと袋の中身を見て胸ポケットに素早くしまいこんでいた。彼に話しかけると、彼はパイロットだという。葉巻を一本もらい、袋の中身の話になった。オランダなどEUや南米では非犯罪化された日本では違法のソフトドラッグの袋の中身。
固定観念を持つ人間は、みためからは到底分からないものだ。この世の中、一体なにが良くて悪いのか、きっとそんなものは人間の決めたたわごとにしか過ぎない。
おじさんが俺の乗る飛行機のパイロットでないことを祈り、飛行中は絶対やっちゃいけないことを理解しているだろうが笑いながら伝えたのだった。

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パリに飛行機で到着したのは夕方、南米出発便は夜だ。
飛行機やバスの旅は快適だったが、バイクのない旅は私のスタイルではなかった。
刺激と嗅覚と感覚すべてに物足りなさを感じていた。
ユーラシアから南米に橋でも架かっていれば最高だ。

ボンジュール空港では、ブラジルからの若い女性たちが自動販売機のプラグをぬいてドライヤで髪を整えていた。
警備のおじさんたちが数名やってきてニコニコしながら彼女達をみている。
パリは気軽だし、ブラジル女性も綺麗だった。
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飛行機に揺られて数時間、朝方ブラジル・サンパウロに降り立った。
着陸するとき、サンパウロの夜景は衝撃的だった。空からでも貧富の差の激しさが伝わったからだ。
中心地から少し離れたところにバラック街があり、街頭もまばらで、人はまったく歩いていない。
バラックはモロッコやロシアで見慣れていたが雰囲気が断然違う。殺人のニオイがした。
南米は簡単には済まされないぞと思った。

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もうすぐアルゼンチンだ。
そう思うと、気が滅入った。南米はあまり気が進まない。

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アムステルダイク

45. Holland, Amsterdam Centro


オランダには長い事滞在したから友達もたくさんできた。
主にテント脇のハーレー屋にやってきたバイカーたちとの親交は私の大きな収穫となった。
アイスランドからの旅人とはアイスランドは本当にバイクで走れる土地なのかという疑問から、北ヨーロッパの情報交換。

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イタリアからの3人組はオイル交換で立ち寄ったらしい。イタリア人と親密に話すのはこのとき初めて。人柄もよく、楽しくとても気が合った。なんとなくテキトーな感じが静岡人の私を元の人間に戻してくれるようだった。

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スウェーデンからの友達とは時間にして50時間と短い付き合いだったが、色々よく遊んだ。
バイク修理のため来店していた彼は典型的なスウェディッシュで、白人にみられる底抜けに明るいというよりどことなく暗い感じだが、それがスウェーデン人の良いところでいつでも冷静に対処している彼とは楽しい付き合いをした。夜は一緒にアムステルダム中心街に出かけて、赤ライトや酒場を点々とした。赤ライトとは女性が水着で窓越しに男性を誘うところだ。スウェーデンの彼と私は赤ライトの通りを何度も何度も往復したが、窓に入るまでの勇気はなかった。結局女性の通勤時間から帰宅の時間に彼女らがスクーターで消えていくのまでの数時間同じところをウロウロした。アムスの街を流れる大きな運河で彼とタチションし、同じ運河で朝方に顔を洗った。
太陽が昇ると、またハーレー屋に戻った。以上のことを2日続けてやった。2日目の夜はさすがの彼も赤ライトの女性に目が眩んでどこかいなくなってしまい、私は深夜の人気のないアムステルダムのカフェテーブルの下でひとり眠りについたのだった。
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地元アムステルダムのバイクチームとも仲良くなった。とても大きな支部で大変世話になった。
他にも日本製バイクのチームや、HOGのメンバーとも仲良くなった。私は人を選ばず仲良くしてくれる人はすべて仲良くしていた。
ディーラーのつながりでHOG(HarleyOwnersGroup)のクラブハウスがテントの脇にあり、毎2回パーティや、バイクイベントにも走りにも出かけた。
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バイク乗りの良いところは、年齢や国籍に関係なく友達になれることだ。それは宗教や肌の色など戦争にまで発展する問題からも遠ざかる。命懸けで風を感じた者だけが体感できる友好のオーラ。
残念ながら気が合わないひとをバイク友達と呼び、バイク抜きでも付き合えるひとを私は勝手にフィーリングフレンドと命名したのだった、なんじゃそれ。
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とにかくヨーロッパ人とは年齢国籍諸氏関係なく友達づきあいした。彼らはそれなりに目上の者の意見を尊重する姿勢が日本人となんら変わらない。自己主張に関してはみんな言いたいだけ言っていたのに年上の意見が最終判断となっていた。
どこに住んでいようとバイクに乗っていれば「気持ち」の友達に変わりはない。



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旅の着替えはバイクにくっつけて乾かすのだが、すでにバイクはクレートボックスの中なので、もはやどこにも干すことができず木に引っ掛けておいた。
2日後の夕方みたら茶色の川に我がパンツが川に落っこちてチャプチャプ浮いていた。


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スロットルダイク

44.Nether Land

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旅の持ち物では一度きりしか使われないものが必ずでてくる。
私の場合は望遠レンズと蚊取線香、それとクレートボックスがこれに当てはまる。
写真タイトル:望遠レンズ試撮 スキポール

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その日アムステルダムに向かっていた。
オランダ国内に入ると風車で有名な強風が吹き荒れた。見渡す限りの草原を西へ東へビュービュー風が飛んでいる。スピードあげたほうが横風にあおられないらしいけど突風ばかりに気を取られてスピードどころじゃない。時速70キロでノロノロ走った。

ベルギーからオランダに入国してバナナを買った。
両国とも物価が高いので食料はバナナ&水セットをしばらく毎日たべた。
やせたかもしれない。
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バイク輸送に関しては色々あった。
当初の予定ポルトガルから南米アルゼンチンの空輸がだめになりヨーロッパ中を探した。
過去バイク輸送の実績が有っても、今はバイク輸送分野のみやらなくなった業者が多い。リスボン店もパリ店もマドリッドも引越屋になっていた。なぜバイク輸送だけやめたのだろう。
こうなったら最後の手段オランダからの空輸にしようと決めたのだった。

オランダに到着してアテにしていた輸送業者に真っ先に相談すると予算の2倍オーバーして頭を抱えた。
毎日700キロ走って一日一食地べたで寝て起きたら走った。
記憶にある贅沢はソフトクリームぐらいだというのに数日おきに数万円分のユーロ紙幣に羽が生えて消えた。2008年はガソリン高騰の影響もあり私とバイクを走らせる燃料が主な支出になっていた。収入は目にみえない。このまま予想をはるかに超えた輸送費でフレイトすれば、南米のどこかで金がなくなり食器洗いの仙人になってしまう。
南米までの貨物便を細かくチェックしていると船便があることを知った。更に詳しく調べると船便のほとんどがアフリカ経由ということだった。
トラブルがあるかもしれない例えばアフリカで盗難とか、とアムステルダムのハーレーショップ店員に釘をさされ、じゃあどうしたらいいんだろうねと軽く流した。完全に他人事です。
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船便のアドバイスや、キャンプ地も提供してくれたアムステルダムのハーレーディーラー Harley-World の隣の家の芝生にテントを張らせてもらえることになり、そこに二週間滞在することになった。
芝生にテントといってもじつは敷地はアムステルダム市のもので、夕方市民が5名ほど通るマニアなコースとして知られている。人通りがなくなると散歩コース脇の草地は野うさぎの集会場になっていた。

二週間テント滞在のうち二度ほど警官が深夜やってきた。大声でテントを揺らすのでチャックをあけると、ほとばしる懐中電灯が寝起きの顔を照らす。真っ暗、いや真っ明かりの状態でなにも意味がわからないまま色々質問される。野宿の職質は日本でも定番で九州と東北ではお馴染みの光景だ。私も日本でおこされたケースが3回ある。今回はうさぎからの通報で草地の景観を損ねるという理由で警官が3日に2回やってきた。そのたびに「テントを移動しろ」といわれるので、その日のうちに2メートルぐらい移動すると、翌日また深夜にやってきて「キャンプ場に移動しろ」といわれた。昼だったら移動した。繝代Μ・槭い繝
そういえばオランダの警官は色々と厳しい取締りをしていたように思う。ヘルメットと風体が原因で停められた回数は全停止命令の半分に達する。

さて、南米までの空輸便は結局地元アムステルダムの業者に決まった。お世話になっていたハーレーディーラー社長の知り合いの貨物会社で、輸送コストや税関保管料も大幅に値引いてくれた。ついでに頼んでおいたクレート(梱包)、バイク修理(チェン交換等)も格安でやってくれたのだった。ハーレーディーラーはどこに行っても親切にしてくれるが、ここハーレーワールドは親身になって私の旅をサポートしてくれた。



下記は某業者のEU~南米バイク空輸見積 (ここやめましたが参考までに、下記計算表は総重量400キロで見積もりしてもらってます。実際はハーレーを鉄クレートボックスに梱包して490キロになりました)



Desde Espana Madrid a Chile Santiago

輸送見積:
At Madrid  
Export charges : Eur181.66
Packing : at cost  
Air freight : 1360.00 (3.40/@kg)
Fuel surcharge : 380.00 (at cost actual)
Security surcharge: 60.00 (at cost actual)
Goverment tax : 17.50 (at cost actual)

At Santiago
Import Clearance : USD120.00
Documentation fee : 45.00
Cargo terminal fee : 80.00
Handling fee : 150.00
Unpacking : 75.00
Customs storage : at cost
(The Charge depends of the CIF value,weight & days)  +個人フライトチケット代

必要書類 
At Madrid
* Copy of Passport of the owner
* Dangerous goods declaration (現地にて記載頂きます)
* Declaration of value  (現地にて記載頂きます)
* ATA Carnet

At Santiago
* Air Way bill
* ATA carnet
* Passport of the owner
* Documentation at arrival
* Customs power attornery (現地にてサイン頂きます)


持込日+(梱包・輸出通関・フライト)7days+輸入手続2-4days



たこ足



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オランダとベルギー国境

ドイツ

43.Alemania Suerte
そこはまるで十勝地方。いままでの雑踏やスピードが嘘のようだ。
旧街道の下道をテクテク、車両とすれ違う瞬間も楽しみになる。
フランスパリからしばらく走ると大草原が広がる。
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時速77キロで軽快に風を切る。

何度か道に迷い、林道の枝道の枝道のそのまた枝道沿いでキャンプした。
車の通ったわだちもなくひさしぶりに快適に眠れた。

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dos mil kinientos anos antes de casa

ドイツに入り、ボン、デュッセルドルフをさまよっていると Koln →(ケルンという看板が目についた。
ケルンといえば大聖堂なのでせっかくだからアウトバーンぶっ飛ばす。

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大聖堂につくと翌日からのフェスタ準備で多くのドイツ人がいた。私が英語ができないのを知るとじゃあスペイン語どうだ?と。私は日本語オンリーマスターだったので、こみ入った話になると会話が成り立たなくなり、その時点でひとつ壁を作られてしまう。
だから私は英語ができるふりをしていた。ヘイ、メン、はうあーゆーメン
とび職の彼らは見た目こそ悪だが敵意を示すような眼つきはしておらず心はとても善だった。
大聖堂の近くにいって写真をバチバチとってたら急に宿のことが気になってきた。ドイツのハイウェーパーキングは寝る場所が窮屈だ。
すかさず情報ノートをだしてちかくの宿を探す。繝代Μ・槭い繝


すると、ありました日本人宿。
ケルンからおよそ1時間のところにあるエッセン市。 
ちかくまで来たところで部品の南海みたいな店で電話を借りてw、「いまからお邪魔してもいい」。
名寄出身のおかみさん、電話越しに「いまからギョウザパーチーだからおいでと言ってくれた」
初めて行った北海道を思い出す。釧路で初めて電話したライダーハウス(カスタムガレージ)もそんな感じで受け入れてくれた。
電話を借りたバイク用品店から名寄の宿まで30分、その道のりを同行してくれたのはバイク用品店内で皮ジャン数枚を買っていた紳士。
彼は奥さんと二人で来ていたが奥さんを置いてまず私を送ってくれるのだという。おお、熱い男。ビューエル乗りの紳士とふたりで
ドイツの道をぶっ飛ばす。何ブロックか行った所で一旦ヘアピン気味にストリートに入り、彼はすぐバイクを路肩に止めて振り返った。
フルフェイス越しになんだか叫びながら、ビルディングを指さす。繝代Μ・槭い繝


ほどなくして名寄女将がでてきて、バイクを母屋の倉庫におこうということになった。
これで久しぶりに安眠できる!何週間ぶりかに風呂にも入ってさっぱりすっきりギョウザパーチー。
女将さんのショウコさん、かのじょの旦那さんの誕生日パーチーはだんなさんの友達がひとり。同じアビタシオンではないが同泊のあゆさん17歳。ネコ数匹。
なんか目線がきになるなあ、、きがつくと野良猫が時々ひとんちの芝生の真ん中で寝転び裏返り手を伸ばしギョウザパーチーをうらやましそうに眺めていた。

エッセンの宿はすごく心穏やかになれたけど、でももう一泊したら気合が抜けそうだったので素早く走りだすことにした。朝はちかくのシシカバブ屋でコーラを買って散歩した。私がセラマリコというと、モロッコ出身の店長はアッサラームアライクムと右手を左の胸に押し当て私に笑顔をみせてくれた。
コーラを一気飲みして旅が始まった。

エッセンの宿 http://hello.ap.teacup.com/essen-no-yado/繝代Μ・槭い繝


後ろ髪ひかれながら街をでる

42.Paris bueno.繝代Μ・槭ラ繧、繝・い繝

パリ最高、どこへ行っても、とにかく最高。
パリの悪いところをしいて上げるとすれば最高すぎることだ。あとキャンプ場が満杯。
市内のキャンプ場は、キャンプ場というより私の部屋である。足の踏み場がない一泊2,000円の高級住宅街と化していた。もともとキャンプ場がニガテな私はそのへんの市街地緑地化運動の一環である茂みにバイクを無理矢理おし込めてテントを張った。
深夜、若者が林を駆け回る声がひっきりなしに聞こえて、私はナイフを握りながら浅い眠りについた。
うとうとしていたら朝になっていた

調子に乗った私は翌日も朝からパリ市街を散策した。
パリは行けども行けども旧市街の古い町並み。
ロトンダにあるカフェに寄り、クロワッサンなるパサついたブラッドを小粋にミルクで流し込む。服にはクロワッサンの欠片がボロボロ、ヒゲにも破片が絡まっている。このオシャレな品の無さが旅人プライバシーである。店員は牛乳までこぼす私を品の良い笑顔で眺めていた。
私はパリ最高だけどもここには旅人プライバシーがないなと感じて、また走りはじめた。
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エッフェル塔近辺は車線がハッキリしていないのであらゆる角度から渋滞の列に入ってくるのでヤバイ道路状況。
世界一危険な道路状況はパリ凱旋門付近だ。
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野のひととなる

00.Dromil abitacion de Paris centro.

パリにきをよくした私はパリ中心で野宿することにした。

エッフェル塔の下など野宿禁止だったのでルーブル美術館などのパリ中央からおよそ10分にある緑地帯の森で野宿をきめた。
緑地帯につくと「ごめんなさい」といいながらバイクのフロントフェンダーからメリメリ林に入っていった。
低木の大概枝を折り進むとそこに空間があり辛うじて夕方の赤く染まる雲がみえ、ちかくの高速道路の渋滞の音も聞こえた。野宿ポイントを探してその場所に行ってまずやることは息を潜めることだった。人間のほか動物の気配や車の排気音でいま自分がどういうところにいるのか息を止めて確認。基準に満たしていればテントをたてる。
すぐ近くに外灯が並ぶ遊歩道があり、時おりひとが歩いていた。ほんの少しばかり落ち着かない雰囲気だけどパリナンバーワンのキャンプ環境林に間違いはない。
このパリナンバーワンのキャンプ環境林にさすが夜はひとこないだろと思っていたのだけど、
だけど来た 5人
林内でおにごっこ始めてしまった
テントのすぐそばで懐中電灯の明かりだけが交差する。するどい奇声。

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うとうとしながら彼らの声を聞いていたら朝になっていた。

パリ

41.Paris France
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世界一私のバイクが似合わない街、パリ

フランスの、特にパリという町はアジアからの観光客に冷たいらしい。
この噂は日本で聞いていたものだ。

ところがEU各国で聞いたパリの噂は最高だった。バイクで行くとリスペクトしてくれるそうだ。
実際、フランス国内では男女問わず地元の人たちによく声をかけてもらった。
ボンジューとか、なんとか。フランス語を話せないのがわかると英語で色々質問された。
ガソリン給油や食堂で停止するたびフランス人が近寄ってきて仲良くしてもらった。
ヨーロッパで一番居やすい国がここフランスだ。
繝代Μ・槭ラ繧、繝・い繝

パリ市内をバイクでブラブラしていると高校生ぐらいの女性二人組が声をかけてきた。
陸路で日本から走ってきたというと「アメイジング」といって、眼をまん丸にしていた。
アメイジングという言葉はディズニーランド以外に意味がよくわからない。
二人組は17歳の高校生で、私にスシを驕ってくれるということだ。なにか裏があるような気もしていた。
ダマサレテルな、きっと、いや絶対。そう思った。
だって、女子高生がバイクに乗った東洋人にスシを驕るなんて考えられない。

騙されたつもりでスシバーについていくと、日本料理屋と漢字で書かれたベトナム人経営の店にたどり着いた。
道路わきにバイクを置き、テラスで女子高生とサーモンスシを頂いていると、案の定、私のバイクの真後ろにパトカーが停まった。
そして警官3人がパトカーから下りて来て、私に近づいてきたのである。
醤油はキッコーマンだった。

こ、これは!絶対はめられた、絶対そうだ。
繝代Μ・槭ラ繧、繝・い繝

…完全に騙されてる。
そう思ったのも束の間、警官たちもサーモンを買い求め、制服のまま隣のテラスでキッコーマンベチャベチャして食べている。もうベチャベチャ具合が具合悪い。
警官がそういう状況だから、これはもうあとは怖いお兄さんがでてくるしかないわけだが、彼女達の笑顔をみていると騙している感じではない。色々と質問攻めを受けたあと、彼女たちはこれからプールへ行くのだと行って別れた。
女子高生にスシを驕ってもらった経験のあるひとは私の背徳感を理解してくれるだろう。人生最初で最後の体験だった。
女子高生以外にもコーヒーをご馳走したいという女性がいたり、若くてオシャレなパリ男性も笑顔で話しかけてくれて、なんだか、フランスって、素敵です。


繝代Μ・槭い繝


俺モテる??
そんなの絶対きのせいなのであった。

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プロフィール

masatorakun

Author:masatorakun
皆様、こんにちは。
大型バイクのハーレーダビッドソンで世界一周したときの日記を再現しました。
楽しんでいただけると嬉しいです。

*写真転用コピ等禁止予めご了承ください。

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