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世界最南端

58.La parte más austral del mundo
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世界最南端ウスアイア。
これといった観光もせず、登山とオイル交換、それに日本に居るみんなに手紙を書いた。
登山は氷河観察が目的で、スキー場をロープウェイで登り、そこから二時間ほど雪道を登山したが、氷河は雪に埋もれて見られなかった。
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シーズンオフは人がいなくて、観光地もスキモノぐらいだけ、登山といっても血迷った軍服日本人か軽装の若者カップルしかみられない。

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実はこのシーズンオフこそ、その土地の素晴らしい景色が見れると思うのは私だけだろうか。
もちろん氷河は見られなく残念だが、その土地の雰囲気や人の仕草が妙に生活観溢れて、逆に寂しさを忘れられる気がしていた。

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港に行くと軍用地があった。
ウスアイアは 1983年 フォークランド紛争での、vsイギリス戦のアルゼンチン基地にもなっている。
進入禁止の看板を知らないフリをして軍艦に近づいた。
すぐさま兵隊が近づいてきて、私に敬礼をした。
すかさず私も敬礼した。
私は、軍服を着ていたし帽子もそれらしいので兵隊からよく敬礼された。
兵隊から「どこの連隊ですか?」というようなことを聞かれた。
「あ、あうあう」
スペイン語が変だと気付いた兵隊は「進入禁止です」と言った。
カメラを取り出すと兵隊は怒り出した。
私は、
「Yo army mas fuerte!(俺は兵隊より強い)」
と言うと、次第に兵隊の眼つきが変わり無線連絡を始めたので私はそそくさとその場を立ち去った。

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海に漂う昆布。
どうやら夕食になりそうだ。
パンツとTシャツで気温5℃という非常に冷たい海に腰まで浸かり、昆布を拾い上げる。
すると、行けど暮らせど、ひきあげてもひきあげても、昆布のおわりがみえてこない。
おまけに直径1センチ以上と分厚く、引きちぎることもできない。
あとで聞いたら、この昆布、長さ100メートル以上あるのだという。
おまけにアルゼンチンはコンブを食用に使わないらしい。
どうりで噛み付いたら歯が痛いわけである。歯周病でもないのに歯から血が出た。
あきらめが早くて命が助かった。

世界一周に出てからというもの、バイクのメンテナンスをほとんどしていない。
強いて言えばオイル交換ぐらいだろうか。
日本では1万キロに一度のプラグ交換も、気温ごとに調整していたキャブレターも、一度も触っていない。
一定に開けるアクセルワークが、エンジン内部のスラッジを消化していたのだと思う。
これはホンダやヤマハ、スズキ製バイクでも同じ現象が起きると思われる。
調子の上がらないバイクは思い切って荷物を積み込み、長距離を走ってみるのもいいかもしれない。

ウスアイアでこの旅3万キロを突破していた私のバイク。
そろそろキャブレター調整でもしようかと、工具を探ったが、キャブレタ調整用ドライバーを家に忘れてきてしまっていた。
日本では季節ごとの調整が必要なキャブレター混合。空気とガソリンの量をネジ一本で調整することができ、季節に適した好調をさらに維持できるはず。
私は、持っていた「予備のカギ」の先端を削り、ドライバー代わりにしようと考え、
宿の近くのお宅訪問。
車好きのアルゼンチン兄ちゃんにサンダーを借りることにした。
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すると、バイク好きの父ちゃんがでてきてサンダーを借りた。

その場でカギの先端を鋭くしドライバー用途に変更し終えると、親父さんは真新しいドライバーをプレゼントしてくれた。
もうすこし早くドライバーをギフトしてくれたら予備のカギを壊さずに済んだのだが・・・。
結局2本のドライバーを手に入れた私だったが、キャブレターを調整することはなかった。一体全体。
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それからその親父さんとは、かなりの長い時間スペイン語で話をした。
南米に渡った当初、まったく理解できなかったスペイン語が、なんとなく理解できるようになっていた。
以後、私は英語圏のアメリカ・カナダもずっとスペイン語で通すことになる。
それもこれも、南米の人たちが言葉が通じなくても、私を「アミーゴ」と友達という位置関係に置いて接してくれた「優しさ」がもたらした産物なのだと感じる。
言葉以上のコミュニケーションに困ったことは、この旅ではほとんどない。特に南米では。

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友達というのは、時として、瞬時にその関係を失うこともあれば、会ったその瞬間永遠になれるものだと感じる。
人づきあい以上に、友達づきあいとは、難しく深く単純なものだと感じている。

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地の果てからの手紙

57.Carte desde fin del mundo
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南米アルゼンチン
マゼラン海峡
海峡を越えてフエゴ島
南緯55度
世界最南端ウスアイア

この言葉だけでも、いったいどれほど遠いのか、想像がつかない。
この地の果てに、49年前、日本の大阪からアルゼンチンに引っ越してきたお婆さんがいた。
名前は上野綾子さん。
そのおばあさんは、日本人向けに部屋を提供していた。上野山荘である。
私はこの宿に一週間ほどお世話になった。

9月という冬の終わりを迎えた極寒の最南端。
地元の人に道を聞きつつ先導してもらってたどり着いた上野山荘。
強風で走行中のバイクがなぎ倒されそうになった。雪に見舞われ超ヘトヘトで部屋に入る。
ゴーグルが曇るほど暖かい部屋。たたずむお婆さん。あれ、静岡か?
おばあさんは出会って数日でとらさんと呼んでくれた。
毎晩ご飯を一緒に食べた。
ひさしぶりの日本食。
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色々なお話をしてくれた。
日本を経つときの気持ち。
この土地に移り住んだ理由、そしていまの心境。
いまではあの時のお話が多くの人を勇気づけている。
家族や友達、自分の気持ちを。
そう思わせてくれた数々の心意気。

私には中学の頃だいすきだった彼女がいた。
彼女に手紙を書いた。

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パタゴニア特有の強風が吹き荒れ窓ガラスがユれる
私はおばあちゃんの魂の声を聞き決心した。
同時期に宿に泊まっていた夫婦がいて、きっと中学の恋人に絵葉書なんて笑われるだろうなと事情を説明すると、素敵だねといってくれた。
素敵Doingを正当化できるのも地の果てのおかげであり、ストーブの暖かさなのだと思う。
南極ペンギンの絵葉書の裏に簡単なメッセージを書いた。
「地の果てには雪がありました、あなたは幸せですか?」
彼女に求めるものが確かでなかったから、気の利いたことは書けなかったし、連絡先も住所もよく分からないままポストに投函した。
私は、これでいいんだな?いいんだよな?と自問した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

先日、彼女の母校である第三小学校に生き方講演会の授業に行った。
日記に書いたような内容を、生徒に伝えた。
この話は当初しないつもりだったが、このときの心境はこの旅でとても重要なものだったし、真実を伝える責任が私にはあった。
彼女の話になると、生徒の表情が更に真剣なものに変わった気がする。
伝えたことに、間違いなかったと確信している。

先日、アルゼンチンを旅した友人とファミレスで食事をしたときのことだ。
なんとウェイトレスが彼女のお姉さんだった。
結婚指輪をはめたお姉さんに、彼女の近況を聞いた。
いま彼女は

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これでいいんだと思えた。


マイナス30度

56.Fin del mundo
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シウダッド・リオグランデ。
フエゴ島に渡ってはじめての大きな街だ。
とてつもない風のなか、車で追いかけてくる不良少年達。
かまっているヒマはないが、好意的に手をふるので仕方なく手を振り返す。
寒いぐらいならまだいいが、極寒すぎるとすべてのやる気が負のパワーになりがちだ。
冬の終わりの南極方面は内面的にあまり良くない。
体感気温はマイナス30度、厳冬の斜里岳。
持っている服すべてを着込み、安くて苦いウィスキーを煽ると胃がキリキリした。
他に表現があればいいのだが、とにかく寒すぎる。
このままキャンプでもしたら凍死してしまうと思い、一路最南端ウスアイアにむかうことにした。
ウスアイアには日本人経営の宿がある。

ブエノスアイレスでお世話になった上野山荘本館がそれだ。
強風に運ばれてきた雪雲がヒョウを降らせ、そして雪も降らせた。
雪雲をかいくぐると、そこは白い世界、山々は銀、道路は凍結。
走れたもんじゃない。
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ブラックアイスバーン。
ところどころ道が凍結しているのだが、どこからどこまで凍っているのか転んでみないとわからない。
上り坂では足をパタつかせながら、下り坂ではエンブレを最大限に利かせた。
フロントタイヤだけは滑らないように、それだけは気をつけた。
山梨県と埼玉秩父を結ぶ雁坂峠というのがある。
一月下旬の早朝は気温-7℃、圧雪さえしていなければ大丈夫だったが、フエゴ島の南部は圧雪もところどころあり、それが上り坂であれば手前で助走をつけて一気に上りきらなければならない。
助走をつけ、圧雪したところに差し掛かるとアクセルもブレーキもハンドルもそのまま動かさない。
そうすれば無事、いや、そうでもない。
とにかくフエゴ島南端は凍り付いている。凍結防止剤の塩カリも撒かれていない。すべる。
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夜も暗くなった頃、ようやく世界最南端ウスアイアに到着した。
町の手前の検問所にいた警官も季節はずれのバイクを見兼ねてイケ、イケと手を振る。
ブエノスアイレスで聞いていた上野山荘本館の住所は、まったくわからない。
ピックアップに乗った子連れのおばさんに紙に書かれた住所をみせると、おばさんは自分の旦那さんに携帯電話で連絡を取ってくれ、電話しながら私を先導してくれた。
検問所のあった街のハズレまで戻ると、一度右折して「ここだよ」と、ぴったり宿の手前まで連れてきてもらった。
ありがとうというヒマがないほどおばさんはそそくさその場から立ち去った。

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さあ、いよいよ暖かい部屋で眠れる日がやってきた。




プロフィール

Author:masatorakun
皆様、こんにちは。
大型バイクのハーレーダビッドソンで世界一周したときの日記を再現しました。
楽しんでいただけると嬉しいです。

*写真転用コピ等禁止予めご了承ください。

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