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チリ写真

chile de fotos

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数百キロぶりのレストランでコーラを買いに立ち寄ると「食っていけ」と店主が料理をご馳走してくれた
彼の住む場所はアタカマ砂漠のどまんなか
あたりは、肌色の砂漠と強い風が吹いていて、他には本当になにもない
レストランの一角、トイレと間違えて開けてしまった扉
そこには大きなベッドがあった
目覚まし時計が転がる床は砂だらけで、それがなんだかとても切なくなった

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砂漠は風が強くてテントごと吹き飛ばされる


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国境付近では、隣の国のことを悪く言う
これは南米どこへ行っても同じだ

次回はペルー
私が走った中で、
ペルーとコロンビア、グアテマラとシベリア地域の標識には、高い確率で銃弾の穴が無数にあって解読不能だった
南米一安全なチリを抜けて、ここから不安な日々がつづく
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ChiLe

66.Norte de Chile
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南から北まで4000キロ以上あるチリ。
南端は南極地方、南はツンドラ、中央は草原、北は砂漠。
これほど景色が多彩な国は他にない。
砂漠は世界一乾燥したアタカマ地域で、水も売ってなければガソリンも計算して走らなければならない未開発地帯がつづく。


カルデラcarederaという極小さな沿岸の町を抜けると、そこはすでに砂漠地帯だった。
沿岸は、砂丘のスナが道路にあふれでて道幅30cmの一本橋。すり抜け練習にはもってこい。
さらに奇岩がでてきたかと思えば、こんどは山岳地帯を右手にみる。そうかと思えば再び砂漠の大荒野。沿岸沿い。
チリは世界一ツーリングの言葉が似合う土地
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北へ行けばいくほど悪いとされる治安も、砂漠地帯ではそれほどでもないので深夜まで走り続けた。
「Japon de Groupo」という看板を発見。矢印の方向は林道だ。ふかふかした砂道の林道をしばらく走ると広大な空が広がった。満点の星空。きっと彼らは50年以上前に日本から移住してきた、いまではチリの片田舎に暮らす昭和の日本人。掘っ立て小屋に暮らす炭鉱の男たちと、家を守るもんぺを着た奥方。
畑仕事との両立で苦しいながらも村の仲間と幸せを掴む映画:チリの撫子 サクセスストーリーである。

が、到着した先は私の想像とは裏腹に、ゼネコン大手の工事現場でがっかりした。
チリ人の門兵が日本人に電話で連絡を取ってくれようとしていたが、夜のゼネコン事務所に用があるのは悪いときだと学校で教わっているので丁重にお断り。
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また来た道をヘッドライトまぶしい日野ダンプに煽られながら戻る。時計はすでに12時をまわっていた。
深夜の林道往復50㌔。うしろには日野ダンプ。
夜だと林道のわだちが見えづらい。


さて、
首都サンチアゴから北に数百キロのラ・セレナの町を抜ければ、クラックや縦溝、穴のまったくない快適な道。
空にコンドル、道に竜巻。竜巻回避に何度も道端に止まることになったのは難点だったが、
いやしかし、チリの道だけは南米随一と絶賛したい。
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チリ国内の主要道路には、ガソリンスタンドが400キロ以上ない区間がひとつだけある。
その区間は慎重に走ったのだが、努力の甲斐なくガス欠になってしまった。
前方後方から車の気配がすると、総重量460キロのバイクを押すフリをして、親指をあげて助けを求める。
車の運転手は私が挨拶をしたと思ったのだろう「イェーイ」やはり親指を上げて走り去っていく。
私の親指が中指に変わったのはいうまでもない。

気温40度、熱波のアタカマ砂漠でそんなことが数度つづいたため私はイライラ、どうにもならない気分でバカヤローと大声を張り上げた。
砂漠に吸い込まれる声と汗。
私は思った。
他人に期待するからイライラしたり怒ったりてしまうのだと。
助けを求めず、自分の力だけでこの旅を完結させなければいけなかった。
そう思い始めるキッカケになっただけでもガス欠には感謝している。
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大きなことをやり遂げるには協力者が必要不可欠だ。
しかし世界一周に関して言えば精神的支え以外に助けを求めるのは逆に危険に晒されることでもあった。

みずからの精神的弱さを知るが故、だから私は地図を投げ捨てた。
地図など持たず、方位磁石を荷物の底に隠し、時計の電池を抜き、完全に自分だけの力で世界の半周程度はしてやろうと思った。強い自分でありたいと願った。

しかし、やはり道には迷うもの。
あらゆる場面で地元の人々に助けられて旅を続けることができた。
私は運が良い。
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深夜。
無人になったレストランのテラスでテントを張った。
静まり返る道端。

数時間後
大音量の車が何台も目の前に乗り付けてきた。地元の若者である。
いつ声を掛けられるかハラハラしながら、ぐっすりの朝を迎えたのだった。
南米は泊まるところを慎重に選んだほうが良い。

65.japonesa chilena
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あるところで知り合ったチリ在住の日本人女子高校生。
彼女の家族には、精神的救いを求めていたかもしれない。
写真でみるとママと女子高生、それにブロスもみんないい表情だ。

電話をかけると、彼女のおやっさんがでて、ウニをたらふく食べさせてあげるという。
大抵のウニ好き日本人と違うわたしは.「いいっすねえ、・お願いします」と言った。
チリウニを食べたことでウニが大好きになった。体力の回復をみせてくれたことで更に大好きになった。味もいい感じ。
ウニにはタウリンが大量に入っていて翌日も食べたくなったが、本当はウニ嫌いなのがバレたらしくパパは友人のところに持っていったあとだった。

それでも弱りきった体力は間違いなく回復していた。
5日も世話になったある日、彼女と登山をすることになったのだが、
サンチアゴが一望できる丘に登ると、その時からまた喉の調子がわるくなり、
それからというものタバコを少し減らすことにしたのである。

具合の悪いハズサンチアゴ5日目
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標高6000mのアンデスとチレの首都サンチアゴをバックに。


ご家族みんなからバイクにメッセージをもらった。
彼女からのメッセージには「プロフェソールまた会いましょう」と書かれてあった。
プロフェソールとは先生のことだ。
以後南米で出会った人たちは「おまえ先生なのか!」と話のきっかけになった。
ヒゲで長髪、ボロを着た私を、危なっかしい南米人が先生であることをずっと疑っていた。
南米では自分を先生と紹介したが、実際教えられるのはいかに徹底して遊ぶかぐらいしかない。

例えば教師がいた。その教師は勉強が不得手な人をバカと呼ぶ。
剣道ばかりしていたら頭がバカになる。果たしてひとつのことをやりつづけると人間はバカになるのか、
大昔の偉い人はこう言った。「ひとにはバカにされていろ」


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彼女に学校をサボらせサンチアゴ市街にいった。
またもや○○銀行カードはエラー連発で金おろせず。
帰国後通帳確認したところ、空降ろしを発見してお金を返してもらったw。
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弟は「Nicolas」とバイクにメッセージを書いてくれた。どういう意味かわからない。
彼は謎多き男である。ママからは日本語で、親父さんからはメッセージ頂くの忘れた。
そして彼女には、ロシアで購入した防水ジャンバーの裏にもメッセージを書いてもらった。


No Fumar y
No Tomar mucho y
No Perder a su

CORAZON

Notu Puede Orvidar
Sus Suenos,Esperanza,
Y CORAZON CARIENTE.

TU PUEDE ,CORRE!

Monton de gracias
Chile



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彼女からのメッセージのすべての言葉を理解できない。
南米スペイン語は心で感じる言語だから翻訳してはいけないような気がしている。

プロフィール

Author:masatorakun
皆様、こんにちは。
大型バイクのハーレーダビッドソンで世界一周したときの日記を再現しました。
楽しんでいただけると嬉しいです。

*写真転用コピ等禁止予めご了承ください。

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