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ワルい人と、気にしない人

さて、今週2011年7月31日から被災地支援などで長旅に出るため、当ブログ一ヶ月お休み致します。
お読み頂いている方にも、ご了承頂けたら幸いに思います。よろしくお願いします。
その代わりといったらなんですが、今回の記録は写真も多いです。
楽しんでいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。


88.aguas bogota

朝から大雨 Santafe de Bogota
サンタフェ・デ・ボゴタ 中心街。

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アーケードにバイクを乗り入れてamayadori。
通勤しているみなさん、私のバイクをよけて行く。申し訳ない。
彼らの表情は月曜仕事でダルそうだけどしかし穏やかで、本降りなのに傘をさしていないほど楽天家。
どうりで話しかけたくなるわけだ。
傘の所持率10%

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ボゴタのハーレーディーラーにむかう。オイル交換などが目的だ。
コーヒーをご馳走してくれた。コロンビアコーヒー。
コクがあり、濃くもあり、とにかくコロンビア。
コーヒー農家の人柄まで思い浮かべられる味とでも言っておきます。


ハーレーボゴタディーラーの、若い整備士は新人風だが手際が良く、頼りなさそうにみえて完璧だった。
オイル交換ついでにシベリアで破損したエンジンアンダーガードを取り外してもらうのだが、ネジが擦り切れててボルトがまわらない。力ずくで切ってしまわれた。

パナマ行きの貨物飛行機会社を教えてもらい空港にむかった。
じつはコロンビア~パナマ間に陸路はあるが、そこはジャングル。
ジャングルの住民は非正規ゲリラ、極右、麻薬組織、マフィア、そして正規軍、たぶん色んな世界一。
超メンドーそうなので、こんなところは空輸に限る。
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コロンビアではもうここしかないというぐらい親切な業者に行って、税関体験もさせてもらった。
あっちいったりこっち歩いたり、いったりきたりしながら、ようやく貨物手続きがおわった。

次は、軍犬による荷物検査がはじまった。
兵隊と犬の、所持品検査だ。かわいいシェパードが私におべっかをつかいながら懸命な捜査活動。

兵隊は私のバイクのタンクをはずせといってきた。が、ああだこうだいっていたらはずさずに済んだ。
タイヤのバルブをはずしたかと思うと、空気をぬきはじめた!
兵士は、タイヤの空気のにおいがついた指を熱心に嗅いでいた。タイヤのチューブは酢だこのような臭いなのです。どうだ日本の酢だこ。ダンロップ製。
兵隊に話しかけると、兵隊から発言される言葉は「シー」か「ノー」だけだった。

あまりのしつこい捜査にしびれを切らした私は、兵隊に、
「コロンビア~パナマ間の空輸は、そんなに麻薬がでるのか?」

と尋ねると、兵隊は手を休めて、

「そうだな。年間に数千トン出てくるよ。それと拳銃ね」

そういうと、兵隊は、荷物検査を終了させた。
ようやく犬クンにも触らせてもらうことができた。イヌ君も兵隊も、実はとても社交的。さすがコロンビア。
それにしても、バイクに積んであった荷物は、検査のため、バラバラに散らかりまくっている。タイヤのチューブ、テント、寝袋も広げられ、工具に至っては工具入れから一本一本だされて、それだけで足の踏み場もないほどだ。
なんだかとても残念な気持ちで旅の荷物を片付けていると、見兼ねた兵隊も、片づけを手伝ってくれた。
まるで夫婦喧嘩で、物言えぬ旦那がモノに当たり、その後旦那みずから投げ捨てたモノを片付けている、そんな風景によく似ている。
これでバイクをパナマに空輸させる手続きはおわった。

これで独り身になった。ホテルに戻ろう。

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優雅にタクシーで宿に戻る。
空港から乗車したためか、タクシーの運転手さんが観光案内を始めた。
しかし私は水曜どうでしょうのごとく観光地にまったく眼が向かない。
パナマの運河をみたときも、これほどつまらないと思ったことはない。
アンダーグラウンドで危険な地域は?と尋ねると「サンタフェ」とすぐ答えてくれて、でもその地区にはタクシーでも行きたくないと苦笑していた。
とても興味がある。


ホテルの前で下車したその足で食事に出かけた。

コロンビア食堂に入ると他のお客さんがなにかウマソウにたべている。
それを指差して「アレくれ」と注文する。
でてきた料理が絶品だった。芋のペースト料理。これが超絶品!
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フヒタという料理らしい。芋をすりつぶしただけでどうしてあんなにうまいのか。いままで食べた料理で5番以内に入る。次の日も食べに行きたい!で行った。いやー、最高、最後の日は奮発してフヒタセット(単にフヒタふたつ)を食べたのだった。
このフヒタの作り方を藤枝在住のコロンビア人に尋ねたところ、作り方は知ってるが詳細は家庭によって違うと言っていた。
いろんなフヒタがあるのだろう。
コロンビア料理は世界一。

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250ccモトクロスの白バイ。
警官たちは二人乗りでドコドコやってきた。
ストリートには、それをみて物陰に隠れる人が多数いた。
今の今まで私と談笑していた男もそのひとりだ。
彼は、私にイケナイモノを勧めている最中だった。

警官が去ると男はふたたび私に説明を始めた。
それをやったらどうなると聞くと、
「心臓がドキドキするぞ!」
と言う、そんな男は目がイッてる。

ただでさえコロンビアは普段からドキドキな国なのに、もうこれ以上ドキドキしたくないw
ボゴタに入る前日も、カリ市近郊の山岳地帯で野宿していたら、深夜、警官に起こされた。
「ココはゲリラが出るからホテルに行きなさい」
だから刺激には飢えていない。

夜中2時。
眠れなくて、というか元々は夜型の私は、近場のゲームセンターにあそびに行った。昭和の雰囲気だ。
どこかでみかけたような単純なゲームが数機おいてある。
昼間の男がまだうろうろしていた。

翌日の夜も、深夜徘徊を楽しんだ。
サンタフェという地区はボゴタのなかでも悪評たかく私の心をくすぐった。
その地区にまっすぐ歩いていくと、警官に止められた。本当にヤバいぞと脅かされたのだ。
昼間は巨体3人組に喧嘩こそ売られたが、無視していればなんてことない平和な地区だった。しかし夜は本当にヤバいらしい。
だいたい日本人がコロンビアを深夜徘徊してもロクなことにならないので、みなさんにはお勧めしない。
実情を知りたいという好奇心を我慢してホテルに戻った。
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ゲーセンで水を買って部屋に戻ると、それからの私は、二日間ホテルに篭り、願望を日記に書き連ねた。
午前11時に銃声が聞こえ、午後2時にも銃声が聞こえるなか、味噌汁が飲みたい、家族に会いたい。友達と話がしたい。早く静岡に帰りたい。家のコタツでのんびりしたい。
願望を書けば書くほど、今まで気を張っていた『気合』が抜け落ちていくのがわかった。だから、もうやめた。
寝て過ごした。

最上階の部屋からはストリートが一望できた。
引越しをするもの、不良女の言動、深夜に何時間もその場に立っているおじさん。なかでも警官による職務質問は見ものだった。若い男2人が警官と揉み合っていて、どこの出身だという質問に答えない男2人は、ただそれだけで跳び蹴りを食らわされていた。
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散々コロンビアの危険なところを話したけど、じつはコロンビアは美人大国であるし、男は長瀬智也みたい
みんな親切で、とても社交的。メシも最高。山岳地帯から望む絶景も最高にイイ。
だから私は好きな国はどこと聞かれると、コロンビアと答えることが多い。
自由で、だから自己責任も重くのしかかる。
そんなところも気に入っている。

コロンビアの次はパナマ。南米大陸はおわる。
中米に入ったら、もう恐れるものはなにもない。野宿して焚火できる。そんな希望で溢れていた。


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旅は学びの宝庫

旅は学びの宝庫
率直に現れる天候の変化にしても、旅から学べることは非常に多い。とくに人との関わりは言葉以上になにかをくれる。
すべて初対面。一期一会。相手の態度も顕著だから、謙虚にもなり、これほどまでに絶対に後悔したくないとまで思えてしまう人とのかかわりを、果たして旅の前には出来ていただろうか。
旅で学んだことはすぐ実践に使えるから、これも嬉しい。

旅というジャンルの勉強法が確立すれば、この日本も変わるのではないか。
難しい専門用語に時間を取られている学生をみていると、本当に大事な所を欠落し兼ねないとも思うのだ。
生きるチカラとやらは室内では学べない。だから旅大学。
すべて自己責任、困ったときは助けられる。人は親切にされなければ親切の方法が解らない。
経験から学んだ知識はすべて使い物になる。
今回のお話は、上記のこととは、まったく関係ないお話です笑。


87.Cari de Colombia


何度も山を登ったり降りたり。
そんな晴天の午前中。

峠のヘアピンカーブでおおまわりしていると、対向車、トレーラーの運転手がクラクションを鳴らしてきた。
睨むと睨み返された。
運転手は筋肉隆々。目つき鋭すぎ。殺気感じる。
コロンビアのトラックドライバーは、たいてい恐ろしい。

峠をくだると検問所があった。
数人の兵士がライフルを肩に談笑している。
相手をすれば、ゆうに20分はロスするだろう。

私は、前方を走る車の陰に隠れるように張り付いた。
バンに一気に車間を詰めて、バンパー後方とバイクのフロントフェンダー50センチ。
ピッタリくっついて、体を丸めた。
時速58キロの5速ギア。いまにもノッキングしそうな勢いだ。静かに走る。
検問所を通り過ぎた。

兵士は、外国人の私の存在に気づいていない。
が、ライフルを構えていたら大変なので、バックミラーで後方確認。私はなんと気が小さい。

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食堂のテレビでは、ここから500キロも離れた地域の、大雨被害が放送されていた。
道路は冠水、住宅は流され、人は濁流に飲まれまいと必死に木にぶらさがっている。
まさか自分がいま、そこに向かっているとは思いもしない。


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午後はポパヤン市で大雨にやられた。降りだして一時間で道路は冠水。スーパー豪雨だ。
一時間経っても止まないので、仕方なく土砂降りのなか走り始める。
数分で水風呂に浸かっているようだった。
ここから数百キロはすべて雨。もしくは大雨だった。

首都ボゴタで野外フェスをやっているらしく、峠道は大混雑。
追い討ちをかけるようにボゴタ市街に入ると、まるでビー玉のような雨粒が襲い掛かってきた。
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金をおろすときATMの操作がわからず、操作中のおばさんに話しかけた。
おばさんは、声を掛けられたことに超ビビッていて、人気のないATMは、それだけで危険なのがわかった。

雨の夜、夜中のボゴタ市街。
ほとんどのコロンビア人が傘もささず歩いている。
市街地の教会には、オカマの娼婦と軍隊、女子高生とコジキがいた。

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たまには記念撮影。若い兵士と。

さすがに誘拐の多いボゴタでキャンプする気にはならない。ホテルに入った。駐車場のあるホテルだ。
警備員が駐車場を管理していた。
バイクは特別警戒ということで張り切っていた警備員は、私の寝ている部屋に明朝4時にやってきて、「オレ夜勤アケだからコーヒー飲みに行こうぜ」と誘われた。

コロンビア人というのは、どこまでも自由奔放な人たちだ。

Monte



86.monte

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ひとけの無い国境の、山岳地帯を走っていた。

もちろん、顔は隠して。
なぜ顔を隠すかというと、人種がバレると、色々と面倒がおきるから。

バカにされるだけならまだいいが、子ども達が金ほしさに寄ってきたり、
恐喝未遂が頻繁に起きると言ったら言い過ぎだろうか。
私も私でヤバい所と解っていながらそこを通過したりするから性質が悪い。
しかしそういうところも走らないとその国の現実はわからないとも思っている。

フルフェイスヘルメットなら顔も見えず問題ない。だが私のヘルメット、ご覧の通り。
音を遮断しないことで危険察知が早くでき、逆に安全なのだが、顔が丸見え。
顔が見えるのが一番危険なので完全防備する。
とくにコロンビアの国境付近では必須だ。
しかしこれがのちに面倒を引き起こす。


最高にきもちいい。春の陽気だ。
コロンビアはきっと一年じゅう春みたいな気候なのだろう。
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気候とは違い、情勢はピリピリしていた。
ところどころ検問所が設置されていた。
橋の欄干に取り付けられた見張り台には、ライフルをもった数人の警官がこちらをのぞき込んでいる。

数キロ走ると兵士が木陰で待機しているのに気が付いた。
数キロ間隔で兵隊が木陰にいることも気付いた。

桜並木のような道のずっと先に、ライフルをもった人影がみえた。
なんじゃありゃ。
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近づいていくと、それは警官だった。
・コロンビアの犯罪の多くは、警官の名をかたる恐喝事件、
・ゲリラによる誘拐事件、
・そして本物の警官の問題

停まれと手を振っている。本物の警官か。どっちでもいいよ。どっちも面倒だから。
停まると、木の陰から武装した警官隊が4名出てきて囲まれ、ライフルを突きつけられた。


そして
「おまえだれだ」と言われた。

私は「おまえこそだれだ」といった。

ライフルをむけられるおぼえは無いw。
身分証提示を求められ仕方なく提示すると、これは偽物だと言い出した。

所持品検査が始まった。麻薬、拳銃はどこだ。
服にもなにか隠してないかと、9枚も着込んでダルマの私を疑い始めた。
ライフルを向けられた状態で服を脱いでいく。

ちなみに私の服装は以下の通りだ。
(上着から・・・)
・自衛隊の迷彩服
・アメリカ軍の迷彩服
・アメリカ軍の迷彩ベスト
・ロシア軍迷彩ヤッケ
・ドイツ軍セーター

そして顔には迷彩柄マスク。完璧ゲリラ。
タンクに描かれたメッセージには、クリスから「ゲリラ参上」というご丁寧な落書きまである。

すべて整った。
私はゲリラ。警官は本物。

でも逮捕されずに済んだ。
最後のTシャツ、これがトドメ。ドラえもんとバカボンが混ざったドラボン。

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これをみて警官たちは笑って解放してくれた。
引きつった顔で仕方なく写真を撮ったのは、良き思ひ出。

笑いが無いと「人」は、とことんシリアスに、やりたくないことまで誰かの命でやらされる。

以前、野びと塾でお世話になった川根町笹間の103歳のおじいさんの話を思い出した。
笑顔こそ長生きの秘訣であり、最良の薬だ。

銃声



85.Colombia
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コロンビアに入国して数キロでガス欠になった。
上り坂を少し押すと、もう汗だく。
しかもぜんぜん進んでいない。10メートルぐらい。

たまらず車体を揺らしてキャブレターに、ない筈のガソリンを送り込む。

エンジン掛かり、二分でガソリンスタンドに到着して助かった。

外国には珍しく、店員が給油してくれるスタンド。
そんな給油の最中、どこからともなく銃声。
日本の山中で聞く散弾銃がどーんなら、今回のはパンという感じ。明らかに軽い。
いままでも何度か聞いた銃声、しかしそれがコロンビアというだけで質が違う。
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友人の話では、コロンビアは意外と安全と聞いていたから、あのやろう嘘800と思いつつ八つ当たりしたい気持ちw。
やべーなー。と独り言。でもなぜか冷静。
心の底では、拳銃がなんだ。なんでもきやがれ。先にやっつけてやる。そんな感じ。
危険への意識が完全に麻痺している。

他のコロンビアの市民は、銃声を聞いても見向きもしない。普通に歩いていた。

雨が降ってきた。
その雨は大雨になった。
パスト市に入ると、その雨は雷雨になった。
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雨宿りで駅によると若者ふたりに話しかけられた。
見た目は不良、でもマジメな学生だという。
写真を撮らせてもらったら、じゃあ今度は俺たちが君の写真を撮ってあげる。
そう言って、彼らはカメラを貸してごらんなさいという。
素直に渡せない自分がいた。

なぜカメラを渡さないんだと聞かれて、私は時間がないと答えた。
この人たちが信じられないのでなく、自分自身の危険への感覚が信じられなくなっていた。
本当はコロンビア人は、人懐っこくてとても優しいのだが、顔が怖いというだけで警戒したのだった。
実際、この旅二度目、ペルー以来の無意味に足が震えていたのもある。
彼らはきっと根は善良市民なのだろう。


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上の写真、右側のコロンビア人が、被災地支援で行動をともにする慎之介に似ていた。


パスト。
国境付近はゲリラが多いので宿に泊まる。
「Yokohama」という宿をみつけて即決した。
日本人宿だと思ったからだ。
店員は全員コロンビア人だった。

なぜ「Yokohama」なのかを聞くと、全員知らないといわれた。
近くの食堂を案内され、鶏肉一匹を喰って外に出ると、また雨がザーザー降っていた。
街頭まばらな薄暗い繁華街、横断歩道で明らかに市民と違ったオーラを放つ男がいた。

そいつとすれ違う瞬間のことだ。
そいつは、眼の玉が青白く光っていたのだ。

びっくりした。
鳥肌が立った。

目の光はまぶしくないのだけど、みると、それはまるで蛇だった。
あの目は明らかに市民のものではなかった。
いまでも、あの眼の玉は忘れることはできない。

私は、早足で近くの店に駆け込んだ。


性格に苦しんでいる人は、口元をみれば判る。
自分のことしか考えていないひとは、眼の色でわかる。
そしてヤバいやつは、見なくても判る。

みないほうがよい人種もいるのだと知り、銃声より怖い眼があることもこのとき初めて知った。

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駆け込んだ商店でビール2本を買って宿に戻った。

ビールは洗剤のような味がした。

コロンビア


84.chao chao quitos

いよいよコロンビアに行く日がやってきてしまった。
この旅の出発前、あれほど行くなと家族や母さんなどから言われていたコロンビア。
私も行く気はなかったんだ。

なぜならこの地図がそれを物語っている。
普通の国、たとえば韓国の場合まっ白で警戒区域などない。

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それに比べてコロンビアは、十分注意してくださいがほとんど無く、
代わりに「渡航の延期」や「渡航の是非を検討してください」がほとんど。
一向に走る気がしない。

ネットで検索すると、過去コロンビアを走った世界のライダーの記事が多数でてくる。
同じように同程度、コロンビアを飛行機で迂回するライダーも数多い。

噂では、超危険なのだというし、走った人の話ではよかったとも聞いている。
危険箇所といえばエクアドルとの国境付近なのだが、ここは必ず走らなければならない。
行かないで後悔するより行って後悔。心に誓う。絶対誘拐されないぞ。
私は、なんて気が小さいのだろう。


クリスともお別れだ。

クリスはキューバに行くと言って、忙しくビザ申請をしていた。
私が彼の家を発ったのは、クリスがキューバに行く当日のことである。

クリスは、
「なぜ?なぜ?まだいろ。あと3年いろ!」
彼の口調が本気だったのに驚いた。感動した。

大変ありがたい言葉をもらいつつ、
「家の主人がいないのに居るわけにはいかない」
「じゃあ俺とキューバに行こう!」

そういわれたので無理やりコロンビアにむけて飛び出したのだった。
この機会を逃したら本気で一年ぐらい居候だった。

湿った別れは無用。笑顔でさよなら。
私のバイクのエンジンのフィンにつけてあったアルミの洗濯ばさみ。
そいつをクリスは「いいか?」と。
きっと彼のバイクのエンジンフィンに付いているはずだ。

そして私はコロンビアに向かったのだった。
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空はどんよりしていた。
先日みんなで寄ったオタヴァロを横目に、コロンビア国境に差し掛かった。
いつものように両替商が私に「ヘイ、チーノ!」と近寄ってくる。

エクアドルで使用したUSドルをコロンビア紙幣に替えなければならない。
が、両替より出国手続きが先である。
両替商をかわして出国手続きをした。
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コロンビア側のコントロールには、何をするわけでもない市民が大勢、たむろしていた。
おおくは家族連れと子供だった。

国境付近は武装ゲリラ出没地帯とあって、さすが物々しい感じ。ビビりまくっているのは私だけ。
軍隊と警官が各自ライフル片手に30人程がウロウロしていた。

賄賂請求も無く、なんなく通過した。
いまは感覚が麻痺してるので、山岳地帯で道も良ければ、危険があろうとそれも楽しいイベントのひとつ。
ゲリラも住まわせてもらえる国。

そこは完全に楽園である。
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法律が薄っぺらな代わりとして、自分の責任は自分で面倒をみなければならない。
日本とちがうのは、なにもそれだけではなかった。



犬について

最近、岩手県大槌町の支援で、静岡~岩手間を行ったり来たり。
毎回バイクで行きたいと一瞬だけ思うものの、物資を大量に積んでいくので父親の乗用車を借りて走っていく。
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静岡ココロの支援員詳しくは
http://shizuoka-kokoro.petit.cc/

近頃では車検のたびバイクの走行距離を車検証に記載されるのだが、
この二年間は、16歳からの過去バイク人生で最も最小距離になってしまった。

とはいえ、またバイクに乗って海外を走りたいと思っている。
ロシアの北方四島だ。この計画は数年前から実行に移そうと努力だけはしている。
しずおかけんにも北方領土対策室があって、そこの室長と仲良しになり、よし今年こそはと先日室長にお会いした。
結果は、今年の静岡県からは学校の教員ひとりだけ派遣するというのだ。
ガッコの先生でも百歩譲っていいにするけど、本気で四島の啓発したければ私などいかがでしょう。
実際ロシアの人も私のバイクをみるとすごく喜んでくれるし、なにより静岡県内の生徒児童も私の不真面目な視点からの話題には興味を持つ。効果てきめんというわけだ。
そういって室長と喧嘩したのでした。
いつか北方領土に必ずバイクで走ってロシアと日本の友好を作りたいのです。

さて、そんなわけでブログ、また久しぶりにアップさせていただきます。
お時間よろしい方、是非ご覧になっていただけたら嬉しいです。




83.Quito de lluvia

シアナとドゥンガという二匹の猛犬を庭に放し飼いしているエクアドルの友人、クリスの家。


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犬とはだいぶ仲良しになったはずなのに、滞在10日目にしてバイクの荷物をバリバリ噛み砕かれてしまった。
犯人はドゥンガ。彼にはもれなくクリスからクチカバーがプレゼントされた。
これで噛むことも吠えることもできなくなった。繧ッ繝ェ繧ケ謦ョ縺」縺溘・+(361)_convert_20110705230238


ボロボロになったバッグをひとり寂しく整理していると、ドゥンガと、ドウンガの母親シアナが謝りにやってきた。
彼らはなにもいわなかったが、私をジーっとみつめてくるので、
「わかった。もういいよ。ゆるしてあげる」
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二匹は、またどこか行ってしまった。



そんな二匹が小さかったころ使用していた小屋が、屋上の隅においてあった。
小さいといっても私がすっぽり入れるほどの大きさだ。

その犬小屋は、雨の日のブレイクルームになった。
屋根にあたるスコールの雨音。
そしてカミナリ音。家にいながらスリル満点。

赤道の大自然を犬小屋で感じるのが毎日の日課になったw。
クリスはこんな私の行動をみて、
「日本人は変わってる、大雨になると犬小屋に入る」
と、奥さんと台所で話しているのが聞こえた。

「私は雨の音が好きなだけで、他の日本人はもっと変わってますよ」と心のなかで言った。
信じて貰えないだろう。


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赤道は毎日スコールが降った。
雨の大好きなわたしにとって楽園だった。

プロフィール

masatorakun

Author:masatorakun
皆様、こんにちは。
大型バイクのハーレーダビッドソンで世界一周したときの日記を再現しました。
楽しんでいただけると嬉しいです。

*写真転用コピ等禁止予めご了承ください。

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