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アルゼンチン

47.BuenosAires de Argentina, Japones Hostal

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ブエノスアイレス空港に降り立つと、まったくもってこの街が合わないことに気がついた。
街並はボロ、人は異様に眼つきが悪く、まるで誰かに付け狙われているような、どん底の気分に陥った。
ヨーロッパと比較した時点で間違いだ。

9月の初日、南半球では晩冬を迎えていた。
バラックが目立ちドラム缶で焚火をおこしているブエノスアイレスの低所得者たち。
私はそれをみただけで危険を感じた。いままで大国ロシアを通過していたから南米なんて余裕、そんな気持ちはすぐさま消えた。
日本の治安と比べるのが間違いだ。
とにかく私は、この『こわい』という感情をどうにか早く打ち消したかった。

空港から直でむかったのは宿だった。
バイクの税関に相当時間を要するのは目に見えていたし、ブエノスアイレスを発ったらハードなキャンプ生活が待っている。ドラム缶に集うブエノスアイレスの住民もみていたし、テントでの長期滞在は無理と察し、すぐさま宿へとむかったのだった。
宿は上野山荘別館だ。事前にも問い合わせをしていたのでドミトリのベッドを確保して頂いた。
この宿は名前の通り日本人が経営するブエノスアイレス屈指の居心地空間だ。
オーナーは上野イツコさん。イツコさんの母上は世界最南端で同じように日本人宿を経営している宿のベテランだ。

日本を発って初の大勢の日本人に囲まれ、気分も晴れ渡った。
大勢のひとが宿泊していて、気の合いそうな人も数名いた。数名というか、この宿は全体的に家族のようなホンワカとした雰囲気だったからとにかく居心地は最高だった。

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女性の宿泊客も大勢いて、私は日本を出発してから女性と話す機会が皆無だったものだから進んで毎日女性と話していたのだが、その様子を目ざとくみつけてくださった宿のオーナー上野イツコさんが「とらさんてイタリア人みたいね」と言われてしまったほどだった。

日本人宿、最高ジャン。
私は上野山荘に気を良くし、南米では日本人宿を探し回ることになった。が、上野山荘ほど良いところはなかった。旅人用語で沈没といい、同じ宿に長期滞在するバックパッカが多い日本人宿は私には合わず、せいぜい一泊しただけで足を洗って以後さがすこともなくなった。気の合わなかった旅行者からすればきっと私はヘンクツだったに違いない。そのことを考えると二週間も滞在させてくれ、みんなが居心地よく過ごせるため尽力してくださっている上野イツコさん、旦那さんのルイスさん、娘さんのルーシーさんの上野一家はとても素晴らしい人たちだとおもう。この上野山荘のことを陰ではブエノ山荘と呼ぶ人もいるぐらいである。ブエノとはスペイン語で良いという意味になる。
宿泊客とサッカー観戦をしたり、飯を食いにいったり、タンゴを見にいったり、普通の観光を楽しんだ。そのあいだもずっと上野イツコさんと旦那さん、それに娘のルーシさんがとても良くしてくれた。バイクの税関についても電話でのスペイン語でご協力いただいた。

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サッカーといえば、アルゼンチンは本場である。私は元々サッカーはキャプテン翼で卒業式を迎えていたが、せっかくなのでワールドカップ南米予選のチケットを深夜にブエノスアイレス郊外まで並んでまで買いに行ったこともあった。
プロ三部リーグを見にいったときには、隠れて地元サポーターをカメラで撮影してとっても怖い目にあった。最後の最後まで追い掛け回されたことを覚えている。

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怖かった。一緒に行った上野山荘の宿泊客に「あいつらが怒るのも当然だよ」と、巻き込んでしまったことを申し訳なく思いながら、試合がおわるまえにみんなで早足で駅まで逃げたのだった。不良たちに追いかけられたので、ちかくに立っていた中年の軍隊に話しかけたら敬礼されたのを覚えている。このころ私は軍隊の帽子を被りヒゲはモサモサだった。

『南米こわい』を打ち消したかった私は、ちょうどそのころおこなわれていた世界タンゴ大会に度胸試しのつもりで行ってみた。入場チケットはブエノスアイレス市が発行するため旅行者はチケットが手に入りづらい。チケットがないなかでの警備強行突破は度胸試しにちょうど良かった。その度胸試しもサッカー三部リーグで散々な目にあった同じ日本人を連れて行ったのだった。大変迷惑をかけた。きっと強行突破するひとも大勢いるのだろう、警備に呼び止められることはなかった。肝心な世界タンゴ大会といえば、踊りはまったく覚えていない。

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南米はなんでも法がゆるいので大した試しにならず、では違う度胸試しをしようと、ボリビア人が市内で暴動を起こしているところに出向いた。100名以上のボリビア人が、それぞれに武器を持ち、暴れる寸前のそんなボリビア人に「どうしてそんなに暴れるのがすきなんだ」と聞いたことがあった。我ながらバカである。
ヘタをすれば巻き込まれていた可能性もある。しかし私はそれなりのリスクを負わなければ心の闇やマイナスは取れないと思っていた。私は、南米で命を落としたくはなかったけれど、落としても仕方ないと、正直そんなことばかり考えていた。その考えを、行動で改めたかったのである。

敏感なひとにはブエノスアイレスの雰囲気が、果てはアルゼンチン全土が、バイクを走らせる土地でないことがすぐにわかると思う。
ただし、それも雰囲気というだけで、なんの根拠もないのだけど。
結果をいえばアルゼンチンは南米一ツーリングに適した国だ。

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ブエノスアイレスに到着して、あっという間に一週間が経った。
盗難や通関や輸送や事故や燃料や故障の付きまとうバイクに囚われず、楽しいことや観光地に目を向けられる普通の旅行を
心の底から楽しいと思えた。
しかし、どうしてもバイクで走りたい気持ちは当たり前だけど抜けなかった。
税関の保税倉庫には、何度も足を運ぶことになる。

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写真はワールドカップ南米予選アルゼンチン対パラグアイで知り合ったアミーゴたち

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Author:masatorakun
皆様、こんにちは。
大型バイクのハーレーダビッドソンで世界一周したときの日記を再現しました。
楽しんでいただけると嬉しいです。

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