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マゼラン海峡 自我考察

54.Oceano Atlantico de Sur

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パタゴニアの南、リオガジェゴス。
フエゴ島に渡るには、南米大陸最南端から船に乗り、マゼラン海峡を越えなければならない。

冒険家マゼランがフエゴ島を発見したとき、夜のフエゴ島にはところどころポッと光る炎があったという。
島に浮かぶそんな火が印象的だったことから、冒険家マゼランはその島をフエゴ島、火の島と名付けたのだという。
その火は、当時フエゴ島に住んでいた原住民の焚火だったようだ。
フエゴ島の純粋な原住民は数年前に亡くなられたようだが、彼ら原住民は日本人とまったく同じDNAを持っていたらしい。
ということは、日本人も焚火が大好きで当然ということになる。

私の住む静岡県は、歴史が浅いといわれている。
せいぜい数100年とも言われている。
ではその歴史とは、一体なんのことか。
そして焚火は歴史に入るのか。

歴史とは、弥生時代はおろか縄文人など先住民のことに触れないことがほとんどではないだろうか。
私にとっての「歴史」は単なる物質的発展であり、人間らしからぬものも含む。
変貌を遂げず一万年以上つづいた縄文時代を歴史と呼ばず、ここ100年足らずでの進化を人間は歴史とよぶ。
歴史とは、なにかを作り、そして作ったものを壊すこと。
自然崇拝
寒さが増すと思考回路が稼動する。
この日の日記はここでおわりだが、

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フエゴ島で焚火、いいじゃないか。自然に還ろう。
ところが、焚火できるような場所などマゼラン海峡付近にない。
とんでもない強風が吹き荒れテントを張れる状況ではない。
とりあえず腹を満たそうと、暗闇に浮かび上がったマゼラン海峡唯一のレストランに入った。
レストランには一緒にチリに入国したトラックドライバーがいて、マゼラン海峡をわたる船は夜は運行していないことを聞かされた。

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深夜1時の国境付近のレストラン
6個あるテーブルにはふたつの団体がいて、それはアルゼンチン人とチリ人のものだった。
なんでもアルゼンチン人はチリ人が苦手らしく、またその逆も同じだと何度も聞いていて、この日もアルゼンチンとチリできれいにテーブルを分けていた。
この因果関係は国境付近からくる境界線の関係か、隣の国同士を非難し合うのは大陸ならではかもしれない。
たしかにアルゼンチン人は明るく騒ぐのが好きで、チリ人は物静か。性格は正反対だった。
これほどはっきり隣り合わせの国民性がわかる国境付近ならではのレストランに入ると、チリ人のトラックドライバーたちが私をテーブルに招待してくれワインをご馳走してくれた。
ついでにサーモンを注文し、パンを白ワインで流し込んだ。
しばらくすると、すぐ隣のテーブルに座っていたアルゼンチン人のグループが私をテーブルに呼びロゼをご馳走してくれた。
すべての瓶が空っぽになるほど大盛り上がり。

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チリ人も一緒に盛り上がりつつワインを飲むかと思いきや、そのまま黙ってチリ側はチリ側で静かにワインを飲んでいた。
写真撮影のときだけはテーブル国境関係なく一緒にフレームにおさまってくれたから私の良き思い出である。
さて、人種問題にふれてしまったからついでにお話しすると、日本人のなかには中国人を軽くみている人が時々いるように、中国人は日本人というだけで軽くあしらうのだろうか。北アメリカの一部は道を聞いても無視する中国人はいたが、世界のほとんどの中国人と韓国人は、私が日本人というだけでとても親切にしてくれた。
私は、私を中国人と呼ぶ西洋人に腹を立てたりしないし、むしろ嬉しい気分のときもあった。
それだけ中国人が世界に台頭している証で、同じアジア人として勇気をもらった。
私たち日本人がアルゼンチン人とチリ人を見分けられないように、外人からすると東洋人はすべて中国人だ。

平和と闘争の根本は自我にある。
地球人が国境などの所有権やエゴを捨てたとき初めて真の平和がくる。
個々が善悪の判断をすべて「まわりが決めた常識」に委ね、疑うことなくそれが永遠に受け継がれるとなれば、日本はおろか地球人は他の惑星から尊重されることは有り得ない。
つまりそれは強いエゴを持つ人間は、自分たちの儲けに繫がる人種以外には「友人」としては相手にされないのと同じである。
いまこそ世代や地域、国境を越えた「調和」が必要な時。

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レストランの陰にかくれてテントを張らせてもらった。
風が強いとテント設営も容易でない。
風に飛ばされながら苦労してテントは張れたが風速20mからなる強風を覆いきることはできず、深夜テントの支柱が折れそうだったので支柱を抜いて寝た。
この状態で寝ているとテントが顔に張り付いて息ができない。
ダッフルバッグを頭の上に置いて安眠したのだった。

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朝になり、マゼラン海峡をわたる船が到着した。
乗船代は季節はずれのバイク乗りということでタダになった。
船の甲板では私だけにとパンとマテ茶とワインが振舞われた。
気温3度、超強風。つらい時ヒトの優しさが浮き出る。

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Author:masatorakun
皆様、こんにちは。
大型バイクのハーレーダビッドソンで世界一周したときの日記を再現しました。
楽しんでいただけると嬉しいです。

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