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PERU 笑顔の漁村

68.EL PERU

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ペルーでキャンプ。
焚火の薪は期待できない。
そこかしこで竜巻が起こるため安心して寝付けないこともシバシバある。
ペルーキャンプ命がけ。


アメリカ大陸では、三大美女なる国がある。
Chileチリ、Colombiaコロンビア、Costaricaコスタリカがそれである
国名に「C」がつくこれらを3C美女大国と呼ぶらしい。

たしかにコロンビアでは石を投げれば眩い美女にあたるし、コスタリカだって美人が多い。
個人的にチリ美女は好きである。
しかし、これらの国の美女たちは南米インディアンと白人の混血(メスティーソ)であり、
どこか日本人の雰囲気とは違った人種なのである。


逆に、ペルー、ボリビア、エクアドルなどに住む、純血のインディアン女性のほうが美しくみえた。
もともとアメリカ大陸に住むインディアンと我々日本人は同じルーツを持っているとも言われており、
インディアンを美人と思うのは日本人として当たり前といえば当たり前である。

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チリ国境を越える手続きが深夜に及んだため、ペルーに入って最初の売店の裏で野宿することにした。

売店では優しさの溢れた女性二人が帰り支度をしていた。
写真でみると普通だが、このときは!超美人!!しかも二人、まばゆく目の前にいたのである。
ああ、祖国静岡へ帰ったのだな。そう思えるほど、彼女たちをみて心の安らぎを覚えたのです。

私は「どこへ行くんだ?」と尋ねた。
彼女たちは「いまからクラブへ踊りに行くのよ」と髪を整え始めた。

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翌日気づいたのだが、国境付近は見渡す限り大砂漠。
たぶんクラブまで車でおそよ2時間はかかるだろう。

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彼女たち、見た目は少し浅黒いが、まったく日本人である。
テントを建てていると「はい、これ」と、テント下に敷くためのダンボールを持ってきてくれた。
「アスファルト冷たいわよ」と。
まるっきり大和撫子なのである。
写真を撮ってくれたお礼にと、チーズが載った食パンをご馳走してくれた。
ぜんぜん似ていないハズなのに、小学校のとき大好きだった女子に似ている。

閉店間際の売店のなかで、ペルーの地図はあるか尋ねたが、無い。
別に聞かなくてもいいことで彼女たちの帰路を遅らせている自分がいた。
ヤバイ、気をつけろ。女は危険だぞ。

「地図ほんとうに無いィ?」

地図の必要性は薄れていた。
道に迷えば地元住民に聞けばいい、旅の楽しみを増やすため地球半周分の地図は持たなかった。
バイク旅でのコミュニケーション不足を解消できる方法でもある。
地図を持たないことで心の余裕は不思議と助長した。

時間はすでに午後11時。国境警備兵の宿舎のまんまえで野●そをして就寝した。


翌日、晴天。
テントをたたんでいると見知らぬライダーが近づいてきた。

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アルゼンチンから南米中を旅していると言う彼は、私より見た目が年上の5歳下。小6のとき小1である。
彼のバイクの排気量は125CC、南米を旅する若者ライダーのほとんどが小排気量でがんばっていたのを思い出す。
それにくらべ私のバイクはその10倍もあり、一直線が多いペルーの砂漠ロードでは気持ちのいい走りができた。
ただ、砂漠でのキャンプはそれが足出まといにもなった。キャンプポイントを探そうと砂漠に立ち入ろうものなら、すぐさまタイヤが砂に埋まるから大変である。
倒してしまうたびに荷物を降ろしてバイクを引き起こした。

ペルーの住民はそのほとんどが日本人のようだ。
言葉が通じなくても笑うタイミングが一緒。
私の出会ったペルー人がペルーの印象なら、
ペルー人が出会った日本人の印象は私で決まる。

私が走った数十カ国のなかで「一番危機感」を持ったのがこのペルーという国だった。
なにせ人はみな「含み笑い」をし、本当の笑顔をみせてくれないのである。
国民の54パーセントがインディオ、残りが混血であり、これがまた恐ろしいぐらい日本人なのである。
ペルー人の顔が怖いということは、
初対面ではあまり笑顔をみせてくれない日本国民は他国からみたら冷たいと思われているかもしれない。
笑顔は初対面の人に一番最初にできる優しさである。
それとともに笑顔は、他民族に対して日本を好印象にする第一の顔力。
英語がもっとできる国民であれば日本の印象も少しは変わるだろうが、現状は英語も出来ない笑顔のない武士道で忍者でアニメの国、嗚呼きっと不気味だ。
これだけ発展して物質上シアワセな日本人、だが笑顔が少ない。バーチャルしすぎたか。
ラテンの国ペルーも、問題のすべてを吹き飛ばせるほどの笑顔が少ない。
そういう意味では日本とペルーは似ている。

みんなが含み笑いをして私を迎えてくれた沿岸の、とても小さな村がある。
歩いている若い女性が投げキッスをして迎えられた漁村は、
座礁した穴ぼこの漁船がそこらじゅうに置かれてある。
雰囲気で「ヤバイ」と感じた。

村の道端は、そこらじゅうに人がたむろしていた。
喉が渇いたからという理由だけで立ち止まってしまった。
腹減ったとか、喉かわいた、タバコ吸いたい程度の理由で、
場所の雰囲気もかえりみず立ち止まるとロクなことがない。
シベリア東部の林道区間も中途半端な村で立ち止まるとロクなことがなかった。
そのことをバイクのエンジンを切った直後に思い出した。

人種がわかると標的にされかねないため、私はいつも眼だし帽をかぶって運転していた。
アジア人であることが知れると完全に舐めて掛かってくる。

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マスクをかぶったまま村の売店でインカコーラを買っていると、
「おまえどこからきた」

「日本からだ」
というと、
「にほんじんか」、ぞろぞろ仲間が集まってきた。

私はナメられまいとマスクを取る直前、恐ろしい形相で武士になった。
軍服に縫い付けられた「SAMURAI」の文字を心に刻む。

私に怖いものなどなにもない、ハズ。高いところ以外は。
殺される前に殺す姿勢をみせることが南米では必要である。
言い過ぎといわれるかもしれないが、私はこの姿勢を中南米では崩さなかった。
とくに田舎の小さな村ほど法は村自身であり自分自身と感じている。

3歳ぐらいの子供が、すすけた服、炭のついた泥だらけの顔で私の足元にやってきた。
私は先ほど買ったインカコーラを飲むため、噛んでいたガムを路上にッペっとすると、
ピンク色のベベを着たその子供は、私が吐き出したガムを拾い上げて噛み始めた。
「それダメだよ!ノーノー」と私は言った。
しかし幼女は「なぜ?」という表情をした。
まわりの大人も笑みを浮かべて私の一挙手一動をずっと監視しつつ、徐々に仲間が集結している。10人以上いる。
べつになにをされたわけでもないが、足の震えが止まらない。
みんな笑顔なのに、こわくて仕方ない。
このままあと10分いたらヤバいことになる。
震えが止まらない手でエンジンを掛け、名もない漁村をあとにした。
しばらくバックミラーを監視しながら追っ手が来ないことを祈る。
私の一生忘れられない恐ろしい場所は、笑顔の漁村だった。

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頭頂部が真っ赤に禿げあがった2mの大きな鳥が犬の死骸に喰らいついていた。
時には私めがけて飛んでくるような仕草をする。
動物園のコンドルに比べて目つきが異様に鋭く殺気を感じた。

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Author:masatorakun
皆様、こんにちは。
大型バイクのハーレーダビッドソンで世界一周したときの日記を再現しました。
楽しんでいただけると嬉しいです。

*写真転用コピ等禁止予めご了承ください。

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