スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

AeroPuerto

78.mi entra

繧ィ繧ッ繧「繝峨Ν+(46)_convert_20110112014513

腹の状態がわるい。
宿には日本人旅行者が大勢いた。たぶん15人ぐらい。みんなバックパッカーだ。
そんな彼らに道程を聞かれたとき、ひとりの旅行者がトイレから戻ってきた。
シベリア→ヨーロッパ→アフリカ→南米・・
バイクで走ってきた道を話すと、彼らは「僕らと、まったく一緒の、旅ですね」と言った。

元々具合はわるかった。
身体の不調は心の不調も招くのだと知ったのはこのときだ。精神的に病んでいるのがわかる。
テメーらに命がけで走ってきたライダーのナニがわかる、そんな感じ。ああ、ダメダメ。
宿内では、ひとりぼっち。慣れている。誰とも話したくない。


朝9時起床
夜のロビーに人影はない。
トイレで最悪体験していると、外から陽気なラテンインディアン音楽が聞こえてきた。窓を開けると春の風が吹いていた。

繧ィ繧ッ繧「繝峨Ν+(43)_convert_20110112014353

繧ィ繧ッ繧「繝峨Ν+(44)_convert_20110112014444



パナマ行きの飛行機を探した。
本来はエクアドルの次はコロンビアなのだが。。

2010T141_1.gif

エクアドルからパナマに飛行機で抜けようと思った。

航空会社を探した。
午前中よかった天気も、昼から大雨。体調も。
とにかく大雨。

数時間。

宿からキト空港までわずか数キロ。この距離では雨具を着る意義が見当たらず、
空港に付随している航空会社にびしょ濡れで入って行くと、超美人の受付おねえ。
ところがこの美人のいうことったら、やたらと高額。オマケしてくれないので気がないと判断。
日本円で60万円ちょっとがバイク輸送と人間のコストである。貨物専用飛行機。一般搭乗の飛行機は別。
その他、バイクをクレートボックスに梱包も手配が大変だ。ちなみにエクアドルにはハーレー屋はなく、
ハーレーを梱包できる程度の木箱は自分では空で分解されるものしか作れない自信がある。
一般おとな一枚パナマ片道行、のはずが、チケットも往復で用意しなければならない。
「片道」チケットの場合パナマは入国拒否される場合がよくある。そんな問題があるため片道チケットを販売している旅行代理店も無い。
往復チケット25万円。
エクアドル→パナマ=総額60万円(バイク輸送+梱包+人間)

タケー。


色々まわったが60万以下の条件が見つからない。
最後の店にしようと、この旅行代理店でいい条件がなければ諦めて高額輸送費(60万円)を払い、パナマに抜けるつもりだった。
だってコロンビア=・・。

代理店に入店すると、男がびしょ濡れで立っていた。手にはヘルメットを持っていた。

繧ィ繧ッ繧「繝峨Ν+(34)_convert_20110112013852

私の番になりオバチャン店員にチケット代を聞いていると、表に出たはずのびしょ濡れライダーが戻ってきて私に話しかけた。
「お手伝いできることがあれば、たすけるよ!!」
名前をパブロといった。握手した。

繧ィ繧ッ繧「繝峨Ν+(38)_convert_20110112014022

バケツをひっくり返したような雨がふっていた。
びしょ濡れライダーパブロはヘルメットを持ったままバイクを取りに行くと、ものの3分で走って戻ってきた。オーストラリア製のモトクロスが彼のバイクだ。

色々な航空会社を一件一件、一緒にまわって通訳してくれた。
エクアドル人には珍しく英語が堪能だったが、肝心な私は彼のネイティブ英語風が聞き取れていない。

結局、条件にみあった航空会社はみつからず、
私の泊まっている宿を聞き出した彼は「あとでむかえに行く」と言って、早く着替えたいといって次の信号で別れた。

夕方、車で宿までむかえにきたパブロは、友達もつれていた。
男の名はクリスといった。巨漢であるが、目は優しかった。

パブロは新聞記者である。
車に乗ってしばらくするとパブロが電話で話し始め、切ったかと思ったら突然、
「スクープがあるから、降りてくれ」
と英語で私たちを道端に降ろした。巨漢のクリスは慣れっこみたいな感じで車から降りて、やんだばかりの夜の雨の道をふたりで歩いた。
パブロの英語は難しいよね、と言うと、そう早いよね。そんな会話をしながらクリスの家にむかった。
その日はクリスとクリスの奥さんの三人で中華料理を食べに出かけた。
ひさしぶりにウマそうなメシだったので、注文しすぎたのを止められた。

頃合をみてパブロが合流して、私を市街中心部の日本人宿まで車で送ってくれることになった。
泊まっていけばいいのに。と何度も引き止められた。

別れ際「じゃ、あす」とパブロとクリスは階段の下から手を振った。
深夜のキトは危険だからと、宿に入るまでチェックしていた。なんと優しい人たちだ。

その日わたしは体調不良最前線。便所にかけこむこと数回、熟睡していない。
コレラ最後の攻防。

翌日
パブロとクリスは、約束どおり昼過ぎに私を迎えにきた、ふたりとも手にはヘルメット。
ふたりとも今日から日を空けずキトライダーである。
「さあ、荷物をまとめろ。俺の家にくるんだ!」
宿に泊まっていた多くの日本人バックパッカーは私に注目、現地の友達がすぐにでき、しかも「泊まれ」という。
なにか、とても誇らしい気分になって、日本人宿をあとにした。

繧ィ繧ッ繧「繝峨Ν+(48)_convert_20110112014544



スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

masatorakun

Author:masatorakun
皆様、こんにちは。
大型バイクのハーレーダビッドソンで世界一周したときの日記を再現しました。
楽しんでいただけると嬉しいです。

*写真転用コピ等禁止予めご了承ください。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。