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バイク

撮影ホットバイク

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らいおん真虎。

blg自分シャシン掲載。真に恥ずかしい限りでございますが今回どうしても載せたくてw掲載します。
バイクというのは、良くも悪くも、外気とのへだたりが一切ない。
自然の音を聴きながら風のにおい、季節の変わり目を体全体で感じられる。冬などもってのホカ。写真みれば一目瞭然ですね。

さて、バイクに乗り続けると、自分の本質までさらけだすから不思議です。
つまり、自分に壁がない。すると、相手の人まで壁が無くなり「普段」なにを考えている人かを、瞬時にみわけられたりするわけでございます。良い人のオーラ、悪い人のオーラ、これまで感じられたら本物ライダー。バイクというのはそこまで感覚が繊細になりえる乗り物なのですね。

さて、この日記では悪徳警官の賄賂請求について記してありますが、けっしてわるいひとたちではなかったというお話です。賄賂請求事態は最悪なのに決して悪人じゃなかったと分かるのは、外で暮らすライダーならではの話です。




94.Honduras, aguas dinero

ホンジュラス入国の際の税関では、やはりドキュメント類をすべてコピーしてこいとのことだった。
灼熱のなかコピー屋を探していると、あとで金を請求してきそうな地元民が近寄ってきてコピー屋に案内してくれた。

てっきり御礼を請求してくるのかと思いきやそのような言葉は聞かれなかった。

ニカラグア・ホンジュラスの国境付近の雇用情勢はまことに厳しい。皆無に等しいだろう。
貧困であろうそのおじさんに暑さにかまけてなにもしてやれなかった。

国境コントロールが昼休みになってしまい入国できなくなった。
直射日光を避けて木立で休んでいると、日本人夫婦の旅行者が私のところにやってきた。
新婚旅行でバスに乗ってやってきたらしい。
バスの添乗員が乗員全員のパスポートコントロールを一挙に、順番待ちしているころ、私たちは木立でまったり昼休み。
他人任せというわけではなくそうせざるを得ないのだろうが、国境越えという面倒を他人にやってもらえて勿体無いなあと思った。
面倒なことこそ後に思い出に残るものだ。

入国では、
「これは正規の値段です」
と言いながら、正規のワ○ロを要求された。ちゃんと案内書にも値段が書かれている。
雇用がない以上、国に税収は期待できず、取れるところから取る。それが国境。これは仕方ないことだ。


入国を済ませると少し遅めの昼飯をたべた。
暑い国では食べないと体力が持たない。暑さに具合が悪くても無理矢理たべたことは何度もある。
朝から走り出して夕方までメシをぬいても元気でいられるのは両親のおかげだ。

地元の女性たちとテーブルを囲んだ。
島田の友達に似ているなぁ、懐かしいなあと思いながら彼女たちと食事をした。

初対面なのに懐かしさを感じるひとの思い出を私はあまり持っていない。友達との思い出に潤いをたすだけだ。
いまではその友達は死んでしまったから、この写真をみると、本人の遺影より思い出したりする。
その友達がそうであるように、死んでいった友達の多くは、いつでも会いたい人、つまりとてもイイヤツらだった。そんな人たちが先にいくのは、きっと神様も居心地のいい魂をほしがるのだろう。


男性はどことなくいつでも金を請求する準備ができていそうな雰囲気の人が時々いたけど、女性はそういったオーラを放たないので気楽に食事を楽しんだのだった。

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ホンジュラスに入国してしばらく走ると、またしても警官に停められた。

警官は、道の向こうから走ってくる私に気付いたかと思うと、「おおおキター!!!」という感じで、小走りで木陰からでてきたかと思うと、
「水代くれ」である。
情けない。

警官は10人ぐらい。本当は警備員じゃないのか。

「あなたたち、本当に警官ですか?」

「え?俺たち?おおうん、警官だよ。水代くれ!」

まったく悪気がない本物の警官。
なんだかヒョロヒョロしていて弱そうだ。
私に話しかけてきた警官は腰にガンベルトをさげていない。
他の警官は知らないがきっとガンは持っていないだろうと、勇気で一気にその場を走り去った。

バックミラーをのぞくと警官たちは

「あ~あ、いっちゃったぁ」
という感じ。
念のためバックミラーをしばらくみつめていると、木陰に戻っていく警官たちがみえた。
さすがこの暑さは地元民でも堪えるらしい。

かげろうが延々と道の先まで続いていた。
道路標識がない国道で地元の若者に道を聞いた。彼は眉間にしわをよせ汗びっしょりで自転車をこぎながら私にあっちあっちとだけ言った。

体制


93.Quiero ir

朝。
半袖ではさむかった。気温は20度を下回っている。
午前中から昼ぐらいまで初夏の陽気。午後は盛夏。
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そんな午前中と午後のハザマに面倒なことがあった。
警官に笛で止められたのだ。
こっちの警官はいつ撃つかわからないのでとりあえず停止命令を受け入れる。

言葉がわからないふりをしながら金がほしいのかと聞くと、そうじゃないパスポートをみせろという。
追い越し禁止車線をはみ出したということだ。

どうやら本当に違反に対する罰金請求であり、賄賂請求ではないようだ。
警官に何度も同じことをいわれた。黄色線をはみだすな。タバコに向かって「身体に悪いからやめろ」。多くを言い放ち、警官はその場から消えた。
なかにはマジメな警官もいるのだと知った。

さて、この2時間後。またしても警官に止められた。
ニカラグアの警官は良い確立で停めてくる。
こんどこそ賄賂請求だった。
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灼熱の国境付近。あたりは草原で、民家まで数キロある。
人気がないのをいいことに堂々と賄賂請求してくる警官二人組。
ホンジュラスとの国境にむかう多くの車は停められないのに私だけ停止命令。
あきらかに賄賂である。

わかっていたがパスポートを求められすぐさま提示、案の定、パスポートは返してくれない。賄賂請求が始まる。US100ドル。

返してくれなければ困るパスポートに手を伸ばすと、100ドルだ。と念をおされた。こいつら本気だ。ライフルに手をやる警官。

どうしても払いたくなかったのでふざけるなと悪態をついていると、最後に日本円で300円程度の請求をされた。
価格は安いがそんなもの、やっぱり払いたくない。
ずっと渋っていると、ライフルを構えるしぐさをしてきた。呆れてしまった。日本円で300円支払うことにした。
昼飯代にするよ!と喜んだ警官は、賄賂を受け取ったその手で私に握手を求めてきた。
彼らに悪気はないらしい。
私は首を横に振りつつその場から立ち去った。
このような小額賄賂ぐらいだったらいいのだが、問題なのは他の警官が黙認していることだ。この事情を他の警官に話すと、フーンやっぱりね。といって話がおわった。
一般市民が優しくて最高だっただけに、立場を利用した犯罪は非常に残念なことである。

ニカラグアの年間GDPは500ドル(数年前)。国民の厳しい生活は政府が招いたこと。
国民はおだやか。笑顔が素敵で貧困にあえいでいる様子はほとんど見られない。
心の優しい国民が生活のため、誰かを打倒する目的のデモに参加する理由は、他でもない。体制だ。
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日本も見習うべき部分がある。
デモは届出をすれば出来るが、たとえそれが違法だとしても、体制が違法ばかりでは違法もなにもない。
私たち日本人にはやるべきことがある。やりたかったら正攻法でやるだけだ。

中米ニカラグア

92.Nicaragua

中米はヨーロッパ。
ヨーロッパを走ったとき、出会いには素晴らしいものがあった。スイスやスペイン、スウェーデンなどの出会いは宝物です。しかし、ロシアみたいに危険なことやハラハラすることがヨーロッパではほとんどなかった。安全安心。バイクで旅するにはいうことない。
これが海外を走る旅なのか。
しかしそれからアフリカ大陸に渡りモロッコを訪れたとき、ワクワクする楽しさをシベリア以来再確認できた。

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同じように、南米は、ヤバいことばかりだった。
だから、その後つづく中米は、もしかしてヨーロッパのような感情になるかもしれない。

案の定、中米に渡ると、パナマからまた「こんなもんか」病が再発した。
安全なのだ。変なやつも遠巻きにみているだけで絡んでこない。道を尋ねると黒人は明らかに無視してくるけどw
中米はまるで先進国のようだった。

もともと世界遺産などの名所を歩く気はなかったから、わざわざハラハラすることをアンダーグラウンドな裏道スラムに出ては、トラブルやその国のリアル(負の部分)を探して走った。

私にとって、負、こそ、リアル。
負、つまり世間からのはじかれモノ、特に不良。
不良といっても、ならざるをえない状況のひとたち。

この不良こそ、内情を切実に公言する。

日本の場合、不良が本気で力をだしたらでかい。国が変わる。
国政に関わったらどんなに素晴らしいかと思う。
くだらない縛りや無意味な決まりに反抗するでなく、俺たち関係ないからと動けてしまえるのは不良の特権で、本気で無駄と思ったそれら決まり事を取り除く作業ができるのは特に不良に多く、その作業をしなければいけない責任も勿論ある。それだけのパワーがあるから。

日本の不良とは一味違う中米の不良。そんなひとたちに数多く遭遇した。しかし行動を興している不良はわずかだった。なぜなら圧力が大きく命に関わる事態に成りかねない。そしてスラムに住む人たちに活動する余裕もない。

私の心情を旅神様が知ったか知らずか、中米の印象がここ、ニカラグアからガラッと一気に変わることになった。
ワクワクの国、ヤバい中米。
しかしなにが起きてももうなにも怖くない。この怖くないのが今後ひとつの弱点になった。


同時にずうずうしくなった。旅先で出会う、親切にしてくれる人には最低限自分の課したルールをもって接しているつもりの私だが、こと指示でしか動かない通関職員などの行政相手だと、ずうずうしさと押しがないと自分が損をする。
好例を紹介します。

酷暑のなか、コスタリカとニカラグアの国境に到着した。
まずバイクを洗車してからの入国になる。検疫は無かったが洗車は強制だ。変な種子や菌を持ってこないようにという理由で洗車に1000円掛かるという。きっとこれもワイロだと思い、しつこく交渉すると、100円になった。あとで聞いたら洗車300円との情報が載っていた。バイク下回りの高圧洗浄だった。

コスタリカを出国。
出国手数料という名のものを請求された。
税関職員に手数料の件で、
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ざけんなばかばか等どうのこうの言ってたら手数料が無料になった。
たぶん私は中南米のなかでも悪い部類に属していた。怖いものを知らないのは強みだ。
過去の旅行者が素直に手数料を払っていたのかもしれない。
ついでに写真を撮ったら税関職員が男から女に代わった。相当プレッシャを与えた。
人は暑いと、無理やり自分の意見を通そうとする。この日ニカラグアは35度ぐらいあったと思う。


ニカラグア側の税関職員のおじさんは、原始人みたいな顔で、なかなか入国させてくれなかった。
顔が屈強すぎて申し訳ございませんと謝罪してほしかった。そんな顔つき。

3時間以上もバイクの入国に手こずった。こんな時間のかかった国境超えはニカラグアだけだ。
当初、これが時間稼ぎだとは思いもしなかった。

じつはこの日、ニカラグアの選挙の日。結果次第では国が混乱する恐れがあったのだ。
情勢不安定な地域は政治家ひとりで国民の生活が一変する。

情勢安定している日本においても地方の市議会で、もしそれをみた一般市民は全員が信用しなくなるであろう超どうでもいい質疑を議員達は延々繰り広げている地域もある。
政治に興味がなくても生活が成り立つ我々日本国民は、情勢不安定な国の人たちより断然マシである。
国の機関に問題だらけのニカラグア国民の政治家への願いは切実だろうことは安易に予想できる。


税関のゴリラおじさんに、
「ニカラグアのバイク保険に加入してないから入国させない」
といわれた。

どうせ数日しか滞在しないニカラグア。
その数日のために一年間の保険に加入しなければならないのはイヤだ。
なので、ヨーロッパで加入した保険の書類をみせた。
「これは世界で適用する保険だ」と言った。当然ダメ。

今度はモロッコで加入したバイク保険の書類をみせた。

アラビア語の表記。これならごまかせる。
على دراجة بلدي، ويبارك الله
(神のご加護を)


ゴリラ職員は、私の言葉を完全に無視し、どこかで判子をもらって来いといった。
灼熱の外に出て、判子を押してくれるであろう別事務所に歩いて向かった。

目と鼻の先の事務所。
その事務所に何度も何度も足を運んで汗だくになった。

スペイン語がまったくわからない。全員、なにを言っているのか検討もつかない。
困っていると、バックパッカの日本人が現れた。
簡単に出入国している姿をみて、正直いいなァととても羨ましくなった。

ここでは判子をもらえなかった。その判子も、なんの判子か解らないでいる。
いったい誰に判子をもらえばいいんだ。言葉も通じないし。

ゴリラの事務所に戻り、ゴリラは再度、向こうの事務所にいくよう命じてきた。
灼熱。その途中だった。倉庫をのぞくと、はじめてみる通関士がいた。彼に事情を話すと、すぐに判子をくれた。
またゴリラのところにもどって判が押された入国審査書を提出。ようやく終わったと思ったら、今度はゴリラ「保険だろ!」といった。

なんだそれ!保険のことを「セグロ」という。私は「セグロ、ノープロブレマ、トウ、プータ」と、言った。
トウ・プータとは、あなた・ク○ヤロウという意味。
罵声をあびせたわけだが、ゴリリンは途端に静かになり、かわりに国境警備兵が3名でてきた。
全員ライフルを持って私めがけて迫ってくる。このときの映像は忘れもしない。

「何事か!逮捕するぞ!」
ライフルを肩に乗せて警備兵は威嚇した。オフィスはちょっとした大騒ぎ。
国境警備兵を制御してくれたのは現地のおばさんだった。
まあまあ、このひと日本人だよ。という感じ。申し訳ありませんでしたプータなどと口走るつもりなかったんです。

ゴリさんは、まあいいかという表情で入国させてくれた。
本当に怖いおじさんと警備兵だった。

入国したのは夕方5時。ニカラグア国内を走り始めると右手に大きな湖、そこに浮かぶ火山がみえた。田舎道に人影はない。

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まもなく市街地というところで度肝を抜かれた。
選挙パレードである。デモといってもいい。

多くの車と人が、道を塞いでいた。村総出の行事。
警察官の手信号では裏道をまわれということだったが、しかし私もヒートアップ。デモに参戦。
トラックの荷台に乗る人とバイクの私に壁は無い。
すぐにアミーゴと大騒ぎ。
数百台、数千人のデモに飛び入り参加してワオーワオーギャオーなどと叫びながら徐行する我らバイクと選挙カー。

つい調子に乗って空ぶかしやりまくったからバイクのエンジン調子悪くなったw


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一般車両を警察公認で封鎖する若者。
ノリの良い私だけが通行許可された。
もとは農民のトラックなのだろう、荷台にもタイヤにもふんだんに土が付着していた。



同じころ首都マナグアでは暴動がおきていたようだ。
政府官邸に投石している過激派が、夜のニュース番組で流れていた。

この村でも、深夜まで大騒ぎしている若者たち。
蛇行しながら大暴走する大型観光バス、バスの天井に乗って踊り狂っている市民。

いったいどうなってる。
やけに楽しそうじゃないか。
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夜の部は、もっと盛り上がってる。
参加するためレストランを駆け足で出たら、店主に危険だからと制止された。
そんなのヒャクも承知。血がたぎる!


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Hotelをさがしてぶらぶら走る。長屋の中間地点にHotelの文字。走りながらのぞくと、階段のしたに受付がありバイクではムリだと悟った。
次のホテルも格安なのだがバイクは入れない。地域運営の高い塀のある駐車場にバイクを置いてホテルに泊まることになった。
そこはやたらと高い塀に囲まれた駐車場のようなところ。どこでもいいと言われたので看板の無いあやしいトラックのあいだをぬけて一番奥、オイルくさい片隅に置かせてもらうことにした。

一泊8ドルの宿には、シャワーもあった。窓や扉に鍵こそ無かったが、ないならないでいい。ニカラグア国民に泥棒はいないと信じている。
なぜならデモを共にした友達がたくさんいる。デモに参加して肌で感じたことは、この国に悪いやつはいないということだ。悪いやつは裏の目つきをすぐに出してくる。荳ュ邀ウ隲ク蝗ス+(3)_convert_20111025010849





ニカラグアに悪い人がいないと確信できる、もうひとつの出来事に、家族を大切にする姿を多く見かけた。
母さんを大切にする地域にはだらしない男はいても悪いやつはいない。



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とんでもなく暑い部屋で汗だくで寝た。バルコニーでだれかが酔っ払いの鼻歌を披露している。笑い声がガラス窓にひびいていた。


Costa Rica

91.Costa Rica

パナマ北部ではスコール気配の雨雲がかすめて一分間だけ超どしゃぶり。
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洒落た道端レストラン。タンシチューのスープ。南米では見かけなかった日本ファミレス風盛り付け。

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たったさっき生まれたばかりの客がいて、ずっと私を笑顔で凝視していた。

旧型式のシボレーカプリスのパトカー。
アメリカではとっくに廃盤になっているパトに、追い抜きざま声を掛ける。


「北は、この道でいいのか?」
「ああ,あっち」
助手席の黒人警官がふんぞり返りながら、だるそうにそう答えた。
窓は全開で大量の風を巻き込んでいるのに警官の額には汗が浮いている。
毎日こう暑いと体調管理も大変だろう。
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コスタリカとの国境に差し掛かった。中米初の国境越え。
バイクの出国手続きがいかほど面倒かと思いきや、すぐに出国スタンプがおりた。
バイクを停めたところに陽気なおじさんが近寄ってきた。表情は陽気なのだが、どことなく悲しさを帯びている。
彼の笑顔がパナマ出身ではないと察した私は、

私は、
「どこからきた?」
おじさんは、
「エルサルバドール」
とこたえた。
エルサルバドルとは1980年代にニカラグアと共に激しい内戦をしていた国だ。

おじさんは、私のバイクをみて、「ボニータ」と言った。
ボニータとは「可愛い」という意味だ。南米でも何度も言われていた。
仮にも日本を発ってから一度も洗車していないバイク、中米に入り更に汚れを増した。

「このバイクが可愛いだって?」

「ああ、きれいなバイクだな」

おじさんは、国境の雑踏に消えるような声で笑った。

すかさずエルサルバドルの治安情報を尋ねた。
サルバドル含め、中米諸国は比較的治安も安定しているらしい。
ただしこれも地元民の判断なのでわかりかねる。貧富の差も無視できない。
おじさんのYシャツは襟元が黒くすすけており、全体的に穴がちらほら。


それにしても中南米の国境は、どいつもこいつも怪しいやつばかり。
怪しい男たちがソワソワしてて、大勢が行き来し、まくしたてるやつ、両替商、国境警備兵、警官、税関職員など、騒然としすぎている。
こんなおかしな雰囲気に慣れてしまったら、もうどこへ行ってもテンパることはなくなる。



コスタリカ側に入国の申請をする。
窓口に書類を提出すると事務所内のクーラーの冷風が小さな窓口からジンワリ腕に伝わってきた。
もうすぐクリスマスだというのに外気は36℃。じめついた盛夏だ。

バイク運転中は、多くの服を着ている。夏でも必ず長袖上着も羽織る。風があたると疲れやすいし転倒でもしたら素肌では大変である。
この日も真夏だけど長袖Tシャツに上着を羽織り、ジーンズの上から皮製チャップスを履く。汗ビッショリ。
ただ、通関作業中暑いからと言って上着を脱いでバイクの上にでもおいて置こうものなら、即刻行方不明になる。厚着をしたまま汗だくで入国手続きを行ったのだった。

入国管理官のおばちゃんが昼飯を食いにいってしまってしばらく休憩らしい。
この暑さじゃきっと事務所内から外出していないだろう。見えないところで弁当でも喰ってるなと思った私は、大声でアドアナ(通関)!と叫んだ。

するとやっぱり事務所裏で昼寝していたおばさんが不機嫌そうに出てきて、とりあえず書類提出。おばさんはドキュメントをコピーしないと入国できないといってふたたび奥へ引っ込んでいった。

中南米諸国にはコピアスという名のコピー専門店がある。果たしてこの家業で食っていけるのかは不明だが、完全にコピー専門店「コピアポ」は、いたるところに存在する。この日は日曜。どの商店も休みが多く、計5件、アスファルトの塀で囲っただけのコピー専門店はすべて休業。番犬だけ稼動していた。

コスタリカ初日はコピー屋に詳しくなれた暑い日だった。
顔中傷だらけの兄さんにコピー屋を案内してもらい、ようやく灼熱の通関作業を終えたのだった。

コスタリカ入国後、数分で大雨が降ってきた。
しばらく走ると警備兵がいて、この雨のなか一台一台ていねいに検問をやっていた。
あいかわらずライフルを肩にかけている。顔は優しそうだ。

ガソリンスタンドで休憩。超どしゃ降りの大雨スコールと雷。
いくら待ってもやまない本降りの中を走り出した。
いくつも山を越えた。信号のない直線。時速80キロの風。小雨になり気持ちよい。

コスタリカには悪しき噂が飛び交っている。
ピアスをしている旅行者は、耳をそぎ落とされるという恐ろしいモノだ。生活資金を稼ぐため耳を刈り取ってしまう部族らしい。
まるでDVD本当にあった怖い話をみた直後の風呂場での洗髪だ。ぞくぞくする。
平和そうな山道をのどかに進んでゆく。



山を超えた先に、小さな町がでてきた。
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コスタリカの通貨をおろすためATM、その後レストランに立ち寄った。
日曜夕方。地元民の憩いの場。きている客全員を巻き込んだカラオケレストラン。
元々壁などあるはずもないオープン極まりないレストランに、50人ほどの客、カラオケに出迎えられた。
もちろんコスタリカ人しかいない。
観光客は皆無。
地名も無いような田舎。
耳削ぎ族はこのなかにいるのか。
ああ、ぞくぞくする。
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夕方7時半。家族団らんのなか、高校生の娘が歌う、コスタリカジイサンズによるシャンソンも流れた。
スウェーデンでみたカラオケ店と同じく、うたい終わると客の全員から拍手喝采。のどかである。
耳をそぎ落とす部族はどこへ行ったのか。

コスタリカの金はコインがでかい。なかでも巨大コインは500円玉の1.5倍ある。
ポケットにずっしり。エクアドルのコインもでかいけど、レベルが違う。5枚もあると身体の一部だ。
貧乏性とは不思議なもので重たいコインを数枚所持しただけで金持ち気分に浸れる。

翌日のレストランでは巨大コイン6枚分の価値ある牛のシチューをたべて、巨大コインは一枚しか残っていなかった。
どうしても巨大コインを日本に持って帰りたくて、あえて小額紙幣を使ったのだった。

私は、いつのまにかコインコレクターになってしまった。
もちろんお気に入りはコスタリカの巨大コイン。それにデンマークのコインはハート文様が飾られていてかわいいのです。5円玉みたいに穴も開いているものもある。穴の開いたコインは、やっぱり嬉しい。なぜか知らんが、うれしい。男性は穴が好きな好例としてロシアの警官に恐喝されたとき日本の5円玉をみせたらすごく喜んで奪い取られたのだった。代わりに変なコインをくれたので許す。

中米は日本と同じような道幅で、山道も多いことから、南米のように100キロ以上でぶっ飛ばすことはできない。
まったりと進んだ。
それでも何度か警察に停められた。
ワターシスペインゴワカ~ラナイ。これでたいていは大丈夫。コスタリカまでは。
問題はニカラグアからの警官だった。


普通はそれ以上でいたい

90.Panama

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パナマ空港でバイク通関の手続きを開始した。
貨物会社と通関と、許可書をもらえる部署が、片道3キロもある。
この片道3キロを、3往復することになる。
何往復しただろうか。いや3往復以上してないのだろうけど、なにせ炎天下で記憶が定かでない。
まともに歩いてやっていたらたぶん二日は掛かるので、ヒッチハイクを繰り返した。
みんな通関業者で、同じ部署まで行っては引き返し判子を貰うの繰り返し。
ハエの食堂でも、そんな通関業者らが列をなしていた。

さて通関。ロシアであれだけてこずったバイク通関作業も、もう慣れたよ。
色negro、年式1978anoなどをスペイン語で記入して入国検査官に提出。
同じものを再度作成し、それを1キロ先の税関事務所に申請し、サトウキビ畑を走って2キロ先の事務所でまた書類を書く。同じことを何度かすると、暑さにももう慣れた。

バイクが載った貨物飛行機が遅れてるため、通関を終えてからは貨物会社の外で待ちぼうけ。
倉庫の端に座っていると、いかつい従業員がやってきて「オサマ、オサマ」と私にこっそり言ってきた。
オサマとは、ビンラディンのことだろう。
アジア人でヒゲを生やしていたらみんなオサマ。
黒人をみたら全員エディーマーフィーにみえるのと同じ要領だ。

私は暑さにまたイライラしていた時だった。
オサマと呼ぶそんな彼の、インディアンでない黒人ミックスの肌をみて、「なんだ!インディアン」とワザと言った。
彼はそのまま倉庫奥に消えた。
私はどうも黒人との相性運が悪いらしい。
いきなり中指を立てられたり道を聞いても何度か無視されたw。
この旅で残念だったのは黒人とアメリカ人とはほとんど友達になれなかったことだ。

しばらくすると別の従業員が重機を使って、私のバイクを持ってきた。
アルミ台が曲がりそうだ。重みを感じる重量480キロ。
ラップでグルグル巻きにされたバイクを自分自身で破り、はずしていく。

アルミ台に何箇所もガチガチに固定されたコードを取っていると、雨が降りだした。
雨が降って助かった。超あつかったので調度よかった。
ふたりの人が手伝いに来てくれた。業者の人間ではない。コロンビアのカリ出身の女性と、あとはパナマの黒いじいさんタバコが似合ってた。なんだかんだやってようやくバイクを受け取れた。いちいち手続きは面倒だけど手順だから仕方ない。このあと中米諸国では各税関事務所で問題をおこすことになる。

パナマは暑かった。
じめった気候にイラついて危険な車に文句をいった。いつもならたいがい知らんぷりの地球人だが、このときはなんだと!という感じで入った路地をバックしてこちらにむかうべくアクセル空ぶかししているのがみえた。単管マフラーからすごい勢いで白い煙が立ち上げていた。
難から去ってガソリンスタンドへ。バイクの調子がイマイチよくない。

この旅は長期になる。ningenもバイクも調子悪いときがあってあたりまえなので、あえて整備せず自然な復調に任せた。
(家に帰宅してまずやったことはプラグのチェックだった。凝固したスラッジがプラグ先端に付着して次世代プラグの様相を呈していた。あたりまえだ。5万3千キロ一度もプラグを交換していない。そのためかやたらとオイルを食う時期があった。キャブレイタも一度たりとも整備していない.)

大陸を走った疲れがみえてきた。
道に迷いまくった。早朝のハイウェイ。通勤車は少ない。
日曜日であることに気付いたのはその日の午後だった。
どうりで昨夜の、宿の連中が飲みに出かけたがったわけだ。

飲みにいった連中はスイス人、フランス人、イギリス人、私、そして女性ライダー・ドイツのケッペル。
この女と勇まし酒を飲み交わしてる頃、地元の連中がビリヤードに講じていた。
大勢のなかからイレズミだらけの若者グループに声を掛けた。
彼らならきっと優しくしてくれるのがわかった。
次の日に彼らの店に行くという約束をしていたのに行けなかった。早朝、急遽気が変わって出発したためである。

色んな国の連中と酒を飲んでも、グッとこない感動が少ない。
だからパナマの不良たちに声を掛けたのだと思う。

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普通が普通以下に思えてしまう。
感覚が麻痺すると、危険なことが起こる。
パナマ運河をみて、どうも思えない感覚こそ、危険察知を鈍らせている警告だった。

プロフィール

masatorakun

Author:masatorakun
皆様、こんにちは。
大型バイクのハーレーダビッドソンで世界一周したときの日記を再現しました。
楽しんでいただけると嬉しいです。

*写真転用コピ等禁止予めご了承ください。

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